■2001/09/30 (日)
夜のバイトをしていると、午前3時だというのにノーヘル2ケツの
バカどもが店に来ることがある。カップラーメンやおでんを買い、
駐車場で食べたあげく、ゴミ箱に捨てること無くほったらかしで帰って行く。
この間も真夜中に大声で話をしていて、苦情が入り、「はよ帰れ」と言わせる始末。
どういう教育をしているのか本当に常識の無いバカばっかりである。(–)
■2001/09/30 (日)
夜のバイトをしていると、午前3時だというのにノーヘル2ケツの
バカどもが店に来ることがある。カップラーメンやおでんを買い、
駐車場で食べたあげく、ゴミ箱に捨てること無くほったらかしで帰って行く。
この間も真夜中に大声で話をしていて、苦情が入り、「はよ帰れ」と言わせる始末。
どういう教育をしているのか本当に常識の無いバカばっかりである。(–)
TatsuruArimura 0 Comments : 2001-09-30 at 12:43 PM
■2001/09/29 (土)
ハーモニー部の練習が終わり、みんなで私の新歓をおくればせながら
とりおこなって頂き、そのあと1年生の仲間3人でカラオケに行った。
目的は学祭の男性陣の発表曲を決めるため。
やはりハモリがなければ、と思いつつかつ歌いやすい曲を
散々探した結果、ナガプチ剛の「とむぼ」に決定。
女性陣におくれているだけあって、練習を積まねば!
TatsuruArimura 0 Comments : 2001-09-29 at 12:41 PM
■2001/09/28 (金)
前期のテストの最後の残り1科目が10月4日にあるので
図書館で今日はおべむきょう。。
久ぶりにやるとなんか調子が良い。
あと近くのホームセンターがリニュウアルオープンをしていたので
みにいった。きれいで見やすくなっているけど、なんかコーナンみたい。。
そのなかで黒いスダレ型をしたブラインドを発見。
debleの部屋の「和」化計画にぴったりの逸品を見つけました。¥880なり。
TatsuruArimura 0 Comments : 2001-09-28 at 12:33 PM
■2001/09/27 (木)
実はdeble、何をかくそう、ハーモニー部なるものに所属している。
11月の学園祭に向けて「OH HAPPY DAY」の練習中。
ハモリが決まるとかなりうれしい。これから猛特訓が始まる模様。
おそらく今日は19時頃までやるかな!
TatsuruArimura 0 Comments : 2001-09-27 at 12:31 PM
2001/09/26 (水)
いきなり下な題名で失礼しました。
実は7年ぶりに、ふんじゃいました。「unko」!!
いつのまにふんだのかも分からず、なんか臭いなぁと
思ってたら足元だった。。
駅前のベンチで必死にツマヨウジをつかって格闘していた
自分が情けなかった。。。(–;)
TatsuruArimura 0 Comments : 2001-09-26 at 12:29 PM
今日から学校が始まりました。今、パソコンの教室にいます。教授が、外国の人に、この学校の情報科学の指導について説明している様子です。
その先生は英語ができないので通訳の人が一人います。 うーん。確かに先生はずっと通訳の人に話しかけています。たまに、チラっと本人(外国の人)を見る程度です。セントフランシスホスピスに行った時、マイケルさんの言っていたことがよくわかります。
亜希さんからこの感想を頂いて安堵しました。ナコスの研修、医療現場見学では、通訳を使わない方針を選んだからです。正解だったと思っています。確かに、皆さん、英語で高度な専門分野の説明を聞く能力はありませんでした。しかし、もし必要なら、後日、ペーパーにして情報を渡せばよかろうと考えていました。それよりも、皆さんが、病院で出会った人達、一人一人の名前や顔かたち、人柄などを正確に心にとどめていらっしゃったので驚きました。メールアドレスも貰っていた。しかも、英語説明もかなりの部分つかんでいらっしゃった。通訳を介すると、こうはいきません。説明する方も、通訳を介するのではなく、聞き手が熱心な顔をしてわかろうとしている姿を見ると、思わず熱がこもり、また、いろいろな英語表現方法を探し出す努力をします。結局、英語がわかる、わからないなどといったことにこだわるのではなく、相手をわかろう、相手の言っていることの内容をわかろうとする姿勢が大切なのでしょう。
AkikoNakatani 0 Comments : 2001-09-24 at 11:08 PM
連れ合いの影に納まる私です
つれあいのかげにおさまるわたしです
郁子
「評」
男女同権・平等が日本国憲法にうたわれて半世紀が過ぎたが、まだまだ「三従の掟(おきて)」が美徳として生きているのであろう。夫を立てながら、明るくそして謙虚に生きている妻の動作が日常生活の中に溶け込んでいる。

The wife in the comic walks three steps behind her husband, giving the appearance of humility, but actually, she stays behind him out of convenience–she wants to avoid the wind. This reflects the idea that Japanese wives may outwardly appear humble and submissive, while in reality, they are the ones in control. It is from behind that they “run the show.” It is the wife who manages a Japanese household, right down to the pocketbook. When a Japanese husband needs money, he goes to his wife. In short, although outward appearances have lead to the popular belief that Japanese men are dominant and controlling over their wives, in actuality, it is possible that the Japanese wife may, in fact, hold more control than an American wife.
IkukoSannomiya 0 Comments : 2001-09-22 at 4:30 PM
8月30日 シュライナーズホスピタルのこと
アンさんは笑顔が絶えない、優しい人だ。 私達はハワイに来て2日目だったから、英語に全然慣れていない。 だから、「質問は?」 と聞かれて、質問したくても英語にならないし、質問しても英語にならない。 何か聞かれても、反応ができない。 でも、アンさんは、こんな状況でも困った顔、難しい顔一つしない。 アンさんはどんな看護婦だったのだろう。
シュライナーズホスピタルのスタッフはみんないい人だった。 アンさんの秘書のコリーンさん、看護婦、放射線技師、作業療法士、義足を作っていた人。 子供の病院で働く人は子供に対しては優しいけど、仕事でなくなると人が変わってしまうというイメージがあるが、この日に出会った人達はみんな、いつでも変わらないのではないかと思った。
アンさんが、「仕事が楽しい。自分達の仕事に誇りを持っている。」 と笑顔で言った事には驚いたと同時に、こんな仕事が出来たらいいだろうなと思った。
シュライナーズホスピタルは、全てが子供のための病院だ。 子供病院なのだから当り前だけど、日本の小児病棟とはずいぶん違う。 単に子供の好きそうなキャラクターがたくさんあるだけではない。 待合室は、ジャングル、診察室には、像のベッド、リクリエーション室は、幼稚園の教室みたいで病院の雰囲気は一つもない。
特に驚いたのが放射線室だ。 機械の存在がほとんどない。 壁には楽しい絵が描いてあり、いたるところにたくさんのぬいぐるみがある。 その数は半端ではない。 これが放射線技師が全員男の人だったのだからもっとびっくり。 女の人だったら、これだけあっても納得いくけど。
体格のいい放射線技師が、「ぼくのお気に入りはこれだよ」 と紹介してくれたのが印象的だった。 この放射線技師たちはどんな方法を使って怖がる子供達の写真を撮るのだろう。
義足の可愛さにも驚いた。 とってもカラフルでかわいいのだ。 もちろん子供たちがデザインを決めることができる。 キャラクターをつけたり、好きな模様、色にする。 レインボーにだってできる。 こんな義足だったら、人に隠すことはないだろう。 靴もつくっていた。
アメリカには、リクリエーションセラピストという資格がある。 子ども達が遊びながらリハビリをする。 作業療法室には台所があった。 子ども達が料理を作りながら、食べながら治療をする。 診察室には5つの顔が描いてある紙が貼ってある。 痛みのスケールだそうだ。
9月10日 シュライナーズホスピタル フラダンスクラスのこと
とっても楽しかった。 初めて参加させてもらうのに、歓迎してくれた。 病院のスタッフも、義足を付けた人もいた。 こんな患者、医療者関係はいいな。 みんないっしょに楽しんでいる。 足がパンパンで筋肉痛になりそうだけど、とてもいい時間だった。 アンさんは、私達につきあって最後までクラスに参加してくれた。 こんな楽しいクラスに招待してもらってアンさんに感謝します。
9月12日 ラナキロヘルスセンターのこと
ここでは11日に会ったブリジッタのお母さんが保健婦として働いている。 ブリジッタのお母さんは肝っ玉かあちゃんのような人。 とっても明るくて、はきはきしてて、信頼出来そう。 ブリジッタは、こんな人から生まれて、育てられたんだ。 仕事はとっても忙しそうだった。
11時半までしか時間がないから、と言っていた。 それなのに、よく私を引き受けてくれたなぁと思った。 しかも、日本語のほうがよく分かるからと言って、日本語が出来る保健婦をわざわざ呼んで来ていてくれた。 とってもうれしかった。
9月4日 セント、フランシスホスピスのこと
レジスタントナースのマイケルさんとボランティアコーディネーターのサリーさんに、施設内の案内と説明をしてもらった。 マイケルさんは日本に来たことがあって、私達の大学にも来たらしい。 日本のホスピスや医療の現状を良く知っていて、日本と比較しながらホスピスを説明してくれた。
時々、私達に意見を求めたり、理解したかどうか確認しながら進めていった所は、ちゃんと教えてくれる先生といった感じがした。 とても一生懸命で、熱い人だった。 自分のやっている仕事に自信を持っているようで、とてもかっこよかった。 アメリカの医療がどういう方向に向かっているのか、現状はどうなのか、また、ホスピスの全てをしっかり把握していた。 ドクターの指示で働く日本のナースと違ってホスピスのスタッフとして働いている。 自信を持っている姿が印象的だった。
サリーさんは、やさしい人だ。 私が、説明が聞き取れなくてとても困っていると、「おでこにしわが寄っているよ。 困っているよ。 質問は?」 と必ず聞いてくれた。そして分かりやすい英語で説明してくれた。 とても助かった。
施設はとても明るく、玄関にはピアノがあったりと、ホテルのようだった。 壁には家族が作った作品や絵がたくさんあった。 キッチンはいつでも好きな時に使える。 サリーさんは家にいるのと同じ雰囲気を出そうとしていることを強調していたが、その通りだった。 ペットを連れてきて散歩ができるということには驚いた。
患者への配慮はもちろんのこと、日本と大きく違うのは、家族への配慮だ。 玄関はいつでも入れるし、無料で病院に滞在できる。 リラックスできるスペースもある。 患者が亡くなった後も家族は心理的なケアが1年間無料で受けられる。 ボランティアの人達も電話をかける。 説明ではスタッフのチーム体制もしっかりしている様だった。 ホスピスは初めて見学したが、重苦しくて宗教色の濃いイメージとは違って、明るい雰囲気で落ち着ける所だった。
ウィノナさんキルトのこと
9月6日 キルト1日目
とっても穏やかな人だった。 丸くてかわいい顔がとても印象的で、しわがとても奇麗な人だった。 しわが奇麗なんて失礼だけど、ウィノナさんは本当にきれいだった。 ウィノナさんのそばにいるとなぜかほっとする。 なぜか日本語が通じる様に感じた。 こんなに感じるのはウィノナさんが初めてだ。 やっぱりこれまで出会ってきた人には英語でないと通じないと意識しすぎていたのかもしれない。 今日は裁断としつけ、模様を縫合せるところまで進んだ。とってもゆったりした時間が過ごせた。 ひとはり、ひとはり縫うごとに、色々なことを考えそうだ。 これからも、ウィノナさんとゆったりした時間が過ごせそうだ。
9月 10日 キルト2日目
今日は、デザインを縫い付ける所までが宿題だったが、出来ていなかった。 ウィノナさんに申し分けなくてしょうがなかった。 でも、ウィノナさんは、気にしなくていいよ、残りをやりなさい、とやさしく言ってくれた。 自分が悪いとはいえ、どんなに助かったか。 前日に色々と難しいことがあって朝からいらいらしていたが、ウィノナさんに出会って笑顔を見ると、とてもホッとする。 なぜこの人はこんなに人を和ませる力を持っているのだろう。 ウィノナさんに会える時は、無理をしないで、ウィノナさんのリズムでどんな人なのか知っていきたい。
色々聞きたいけど、なかなか聞けなくて黙っていると、 「キルトはセラピーなのよ」、と教えてくれた。女の人達は家事の合間に集まって、しゃべりながら楽しくキルトを縫っていたらしい。 きっとそんな話だった様に思う。 「キルトをはじめて女になった」 と言った人の話もしてくれた。 女性の伝統に触れることが出来た。
また、ハワイの言葉を色々教わった。 ハワイの伝統に触れることが出来て、ゆったりとした時間が過ごせて幸せに感じた。 ウィノナさんが沖縄で暮らしていた時の話も聞くことが出来たし、ハグもしてもらった。 あつかましいかなとも思ったが、家まで送らせてもらった。キルトもだけど、ウィノナさん自身もセラピーだ。 人に和んでもらえるような人に私もなりたい。
9月12日 キルト3日目
今日もアラモアナショッピングセンターまで見送った。 バーゲンがあるから行くと言っていた。 バーゲンじゃないと買いに行かないらしい。 おととい話してくれた簡単でおいしいハンバーガーの話もそうだけど、家庭的な雰囲気がとても伝わってきた。 朝、中村さんが、ウィノナさんと教会へ行ったら、と薦めてくれたのでウィノナさんに聞いてみた。 すると快くひきうけてくれた。 ウィノナさんが仲間と新しく作った教会らしい。 どんな教会なのか楽しみだ。
9月16日 教会へ行く
今日はハワイに来て最大の失敗をしてしまった。 教会でパスターが話している時にうとうとしてしまったのだ。 しかも、一番前でウィノナさんの隣で。
キルトを始めてから1週間、縫うスピードが遅いためか十分寝ていなかった。 この日もほとんど寝ていなくて、疲れが最高潮だった。
でも、せっかく教会へ行くことを許してくれて、連れて行ってくれたのに、とても失礼なことをした。 教会が終わった後、ウィノナさんと目が合わせられなかった。ほんとに申し分けないことをした。
でも、ウィノナさんは、「誰でも疲れるのよ」 と笑顔で言ってくれた。 これまでウィノナさんに会う度に助けられた。 ウィノナさんは教会が始まる前に、神について説明してくれた。 ほとんど聞き取れなかったけど、ウィノナさんの優しさの理由がちょっと見えたような気がする。 ウィノナさんは教会の仕事をしている。 パスターを教えているらしい。
ウィノナさんをさらに好きにさせた出来事があった。 バスを待っていると、日本人の観光客が私に5ドル札を1ドル札に両替して欲しいと言ってきた。 どうやらバスに乗りたいらしい。
私は持ってなかったから断わると、ウィノナさんが、「どうしたの」 と聞いてきた。 事情を説明すると、周りにいた人全員に1ドル札を持ってないか聞きはじめた。 これだけでもすごいと思ったが、ウィノナさんはもっとすごかった。
しようがないので近くのショピングセンターの場所を教えてあげていると、新しく人がやって来て、ウィノナさんはその人にも尋ねた。 するとその人が1ドル札を5枚持っていて、両替することができた。
そしてウィノナさんは、「あの人は歩かずにすんで良かった。 今日は暑いから大変」 と言った。 忘れていた優しさを思い出した。 この出来事でウィノナさんをもっと尊敬するようになった。
この日は、ウィノナさんにとてもよくしてもらた。 教会へ行く前も、行った後も家に上がらせてもらった。 自分の中では 「厚かましいな?」 とかなり迷った。 でも、ウィノナさんは快く迎えてくれて、お昼ご飯までごちそうになり、息子さんにホテルまで送ってもらった。 ウィノナさんがどんな生活を送っているのかを知るいい機会になった。
9月17日 キルト最終日
この日が一番楽しくて、幸せな日だった。 ウィノナさんはキルトについて教えてくれた。 キルトを縫う時は、良いことだけを考える。 自分の家族のこと、楽しいこと。 時間をかけてゆっくりと、色々なことを思いながら。 嫌なことは考えない。 お祈りをするように縫う。 だからキルトはセラピーなんだ。 とても落ち着いた時間だった。 私は、ウィノナさんにキルトをを教えてもらって良かったと思う。
そして、買い物の話しをした。 ウィノナさんはセールがあると、バスに乗ってどこへでも行く。 この日もダイエーのセールで買った枝豆を見せてくれた。 午後からもサイミンのセールに行くらしい。 セールの話でウィノナさんとみゆと私の3人が大笑いした。 とても楽しかった。 そしてウィノナさんはとても家庭的な人だった。
9月5日 ジェーン、ミホさんのこと
ミホさんは82歳だけど、とっても若い。 60歳位と思っていた。
でも、容貌だけじゃない。 気持ちも若い。 大好きな洋裁を今も続けて、お得意様だけに洋服を作ってる。 美智子さんもお得意様の一人。 ミホさんは美智子さんのあこがれの人だ。
自分が好きな仕事に就きなさい。 自分の好きなことに一生懸命になりなさい。 自分に合わないと思ったらすぐあきらめなさい。 私もこんなふうに年齢を重ねられたらいいなと思う。
またお会い出来ることがあったら、洋服を作っているところをみせてもらいたい。 洋服を作るときに大切なのは、その人がどんな人か知ることなのだそうだ。
長年、人と付き合っていると、一目みると着ている洋服などからどんな人かわかるそうだ。 ミホさんが似合うと思うデザインと本人が似合うと思うデザインが違うと苦労するそうだ。
いくら似合っていても本人が気に入らないといい洋服ではない。 この点は、私が就こうとしている仕事にも共通している。
第2次世界大戦の時、日本人はとても大変だったらしい。 町中に兵士が立っていて、歩いていると必ず声をかけられ、行く先などの調査を受けたらしい。 日本人には自由がなかったようだ。 その中で日本から送られてくる 「日本が大勝利」 というそのニュースに喜んでいた。 日本人の若者も軍隊に入らされて、ヨーロッパなど日本でないところへ送られたそうだ。 ミホさんにはもっと戦争中のお話しを聞きたかった。 日本人がどうしてハワイにたくさんいるのか、日本へ帰らなかったのか調べてみたい。
9月16日
ミホさんのお宅へ行く。 ミホさんのお宅は、ハワイにいるとは思えないほど日本的な家で、ワイキキが一望できる山の上にあった。 この家を建てた頃のお話や、ご主人を介護された時のお話、お子さんが小さい頃のお話、今の生活など、たくさん話をして下さった。
9月6日 ダイアナ、カプリさんのこと
ダイアナさんは大きな人だった。 話してみると、とても上品な人で、優しい人だった。 ダイアナさんはクイーンズ病院で働いた後、一度仕事をやめたが、ホスピスでまた働き始めた。
ホスピスの仕事は、患者から電話があったり、亡くなったという報告があると 、昼でも夜でも患者の家に行かなくてはならないので、とてもハードだったそうだ。そのため今では辞めている。
患者には10代の若い人も多く、5ヵ月の赤ちゃんまでいる。 とてもつらいそうだ。 でも、ダイアナさんは病院よりもホスピスも方が好きだと言う。 ホスピスでは患者と家族と十分時間がとれるからだそうだ。
今日も私達がしゃべったり、セルフポートレートを読んでいるのを、とても一生懸命聞いてくれる。こんな人が話しを聞いてくれたら、なんでも思う存分話せるだろうな。
またこれからもホスピスの仕事をパートで探すそうだ。 ダイアナさんはサイエンスと人間が好きで、ナースがやめられないし、大好きだといっていた。 優しい人だった。
9月18日 ダイアナ カピリさんとカレーライスを作る
この日はダイアナさんとカレーライスを作った。 ダイアナさんがたまたま作ったカレーライスを気に入ってくれて、しかも、レシピが欲しいと言ってもらい驚いていた。
この日もダイアナさんは、私とみゆのやりとりをニコニコしながら聞いていてくれた。 私は将来、看護職を目指しているが、ダイアナさんのような看護者、人間になりたい。
いつも、ゆっくりとした雰囲気で、嬉しい話題は嬉しい表情で、悲しい話題は悲しい表情で、目を見て聞いてくれる。 話している途中で、話を遮ったり、否定したりは絶対しない。 相手が話し終わるまでうなずきながら聞いている。 もしかしたら、ダイアナさんのように人の話を聞くことが看護なのかもしれないと思った。
ダイアナさんは、日本がとても好きらしい。 この日は、ナコスで日本語を勉強していたこと、日本のテレビドラマが大好きなこと、ダイアナさんは生まれた時に大きな月が出ていたから月姫と呼ばれていたこと、天皇一家のことなど、日本に関することをたくさん話した。 ダイアナさんと日本のことを話していると、私は日本人なのに日本の良いところを知らないことに気付いた。 もっと日本の良いところを知りたいと思った。
私達は帰国前日で、少しあせっていたため、ダイアナさんは本当に喜んでくれたのか、かえって気を使っていただいたのではないかと心配。 でも、もう一度ダイアナさんと一緒に時間を過ごせて、楽しい話しもできて、帰国直前にとてもいい時間がすごせた。
8月31日~9月3日 テレサさん宅でのファミリーコンタクトのこと
初めて会った時どうしようかと思った。 テレサさんたちに会うまでは、全然、緊張していなかったのに、いきなり緊張し始めた。 初めて会い、自己紹介だけなのに、これから4日間も一緒に過ごすのである。 しかも、英語に自信がなくコミュニケーションがうまくとれるかどうか。 しかし、テレサさんをはじめ、家族みんなが、そんな私をくつろがせてくれ、コミュニケーションの基本は、同じ言語を話すことではないと気づかせてくれた。
Kawamoto family は、私のハワイの家族のような気がする。
まず、最初に私の緊張をときほぐし、気軽に話し掛けてきてくれたのが、 Marisa だった。Marisa は、とても素直で優しい人。 私とは比べものにならない程まっすぐで、裏と表のない性格だった。 私が恥ずかしくなる位だ。 ファミリーコンタクトのあいだ、そんな Marisa の優しさに甘えさせてもらった。 どんなに助かったか! どこへ行くにも私の手をひぱってくれて、自分たちと同じように行動させてくれた。
Marisa が一番輝いて見えたのがフラを踊ってくれた時だった。 キリッとしているけれども、優しい顔。全身で神様への思いなど表現していて、本当にフラが好きなんだということがひしひしと伝わってきて、とても大人に見えた。 素敵だった。 そして、Marisa とは色んな話をした。 友達のこと、普段の生活のこと、家族のこと、宗教のこと、将来のこと。本当に楽しかった。
Camille は、恥ずかしがり屋さんだと聞いていたから、もしかしたらあんまり私と打ち解けてもらえないかもしれないと思っていた。 でも全く違っていて、最初の夜から、私の前で面白いことを言ったり、ダンスを見せてくれたり、大事にしているお人形を紹介してくれたりした。 Marisa を見ながらフラを踊る姿や、私の読む日本語を聞く姿など、何に対しても一生懸命な姿が印象的だった。 一番嬉しかったのは、Camille が最後の夜に、家の二階にあるホワイトボードに 「Hi Yoshiko!!」 と書いてくれたこと。 しかも、消さずに残しておいてくれた。 自分の伝えたいことがうまく伝えられなかったり、相手の伝えたいことがよく分からなかったりしてつらいこともあったけど、この 「Hi! Yoshiko!!」 で受け入れてもらったようで、本当にうれしかった。Camille は、こんな優しさを持っていて、すごいなぁと思う。
最後まで話かけにくかったのは、 Neal さんだった。 Neal さんからもあまり話かけてくれなかったから困っていた。 Neal さんの職業が聞きたくても、話しかけていいものなのかどうかで、ずっとオドオドしていた。 でも、思い切って話かけると笑顔で優しく答えてくれる。
ファミリーコンタクトが終った後、いつもリビングでくつろいでいるし、あまり喋らないけど、これが Neal さんなんだと気付いた。
私は外国の人、特にアメリカの人に対して、「明るくて、ノリが良くて、こっちから喋らなくても向こうから話しかけてくれる」 という先入観を持っていたということを実感して、反省できた。住んでいるところは違っても、人はそれぞれ個性を持っている。
私がカワモトさん一家と楽しく、安心して過ごせたのは、Teresa さんの支えが大きかったと思う。Teresa さんと一緒にいると、自分の母親と一緒にいるような気がしていた。子どものいいところも悪いところもすべて包み込んでくれるような、そして時には、厳しく叱ってくれるようなやさしさを Teresa さんに感じた。 「子どもは親の作品」 と言われることがあるが、Marisa と Camille を見ると、Teresa さんのやさしさがとてもよく分かると思う。二人は明るくて、人を思いやる心を持っていて、素直で、何にも一生懸命。いい環境で成長したんだなと思う。Teresa さんと一緒にいて、自分の母親を思い出してしまい、会いたくてたまらなくなった程だった。
カワモトさん一家と過ごして、「家族っていいなぁ、大切にしたいなぁ」 と、とても実感した。Teresa さんと Neal さんが私の両親にとてもよく似ていたし、私も妹と二人姉妹でMarisa と Camille と年頃も同じだったからだろう。 私の中では、カワモトさん一家は、私のハワイの家族。
YoshikoMatsumoto 0 Comments : 2001-09-18 at 1:27 AM
May I be excused?
When Osamu went to his friend’s house, he wanted to go to the restroom during dinner. But he wasn’t sure what to say. So he just waited until after dinner and asked where the restroom was.
In America, when children want to leave the table, they must ask their parents for permission. They are taught this sentence:
“May I be excused?”
Then the parent will say: “Yes, you may.”
If you are an adult you don’t have to ask permission. You can just excuse yourself. You might want to tell them where you are going but it’s not manditory. Here are some sentences you can use:
“Please excuse me, I’m going to the ladies room.”
or
“Excuse me. I’ll be right back.”
Now if you are at a business meeting and you are supposed to be participating- you can ask your boss for permission to leave and you can say: “May I be excused?”
The boss will probably let you go but if he wants you to listen more he’ll say “Don’t leave yet. We’ll be finished in 5 minutes.”
9/15/2001
(ジャパニーズビーチプレス連載)
Zuihitsu002 1 Comment : 2001-09-15 at 10:31 PM
Wednesday 29 August 2001
Today was my first day with the girls from Hiroshima. I think we were a little nervous meeting each other and I was told to be extra nice to these poor nervous girls. Well, after about 10 minutes I think that any anxiety was gone (I am so talented at making people laugh). We spent our time at NACOS talking and getting to know each other a little bit before we headed en mass over to Daie to do the grocery shopping for our lunch. I was so excited-the girls had decided to make me a specialty dish of their region, a sort of a thick cabbage/bean sprout pancake with egg. I took us in my Jeep-I do not know how we all squeezed in there!-to the condo, a really impressive suite at the Hawaiian Monarch on the Ala Wai. Whoa, what a view-I did not know that one place in Waikiki could have a view in so many directions. When we arrived, we set to work making the lunch and I tried to get everybody in some sort of action shot: stirring the batter, flipping the pancake, serving the different variations. When we finally sat down after all that hard work-It was so delicious! And there were two different kinds so that I could taste a variation. Now at this point I was reminded of a pancake recipe that I make. I told the girls about my famous Banana Pancakes with Mana Bananas. This sent the crowd wild! They just had to have some of my American cooking in return for their’s. It was settled. Friday of the following week I would invite the girls over to my new place and I would cook for them…
3 September 2001-Labor Day
10:30-12 Chihiro worked on her Self portrait and the terrific NACOS English teacher Heidi helped with pronunciation and intonation. We worked on proper pronunciation of the numbers and practiced dates as well as friendly repetition of the portrait’s sentences for confidence! Chihiro did very well and said after that she felt much better about expressing herself-she had confidence!
3 September 2001-Labor Day
Chihiro & Yoshi T. and Heidi celebrated the national holiday, Labor Day together with some lunch at the shrimp restaurant, Bubba Gump’s in Ala Moana Center. Though first, we just HAD to stop by CHANNEL to get a perfume report, some squirts and sprays and pose for a few pics, both inside and out-boy, were we excited! Then on to the SHRIMP! After we were seated in the movie-inspired restaurant we only looked in English menus, but then we wanted to verify our understanding with the Japanese menus…we couldn’t understand any of those crazy names! We finally decided upon Shrimp Shack Pasta, a Bucket of fried Shrimp, Mahi Mahi and Lobster and…what was the other dish we ordered??? Anyhow, it was all delicious. And the girls were happy to go to a new place that their friends had not tried yet so they could brag about how Great! the place they went to lunch that day was-and they sure had something to brag about. We did not even have room left for dessert : (
Wednesday 5 September
Lunch provided at NACOS by students and casual chatting about the idea that women should be able to have fun, adventurous lives-even after they get married and have children; having a family should not mean the end of their life. One’s husband should be an exciting, happy man who wants to show the world to his woman.
Thursday 6 September
Well, I guess my little talk yesterday inspired one pair of ears. Miyuki was very eager to get to know me better and find out just what else I had to say about important subjects. (I must say that we hit upon some deep subjects that I think we both remember and will leave at that). We were supposed to go out and walk around and take pictures but we were so involved with talking that only at the end of our session did we take a quick littlejaunt downstairs and next door to a clothing shop run by a nice, but sly Korean lady. I tried on a couple of things and was not too impressed by them. I guess neither was Miyuki because she chose not to try on anything herself.
Tuesday 11 September 2001
Oh My God. This is a day that will live in infamy…Four commercial airliners hijacked and crashed in to the World Trade Center’s Twin Towers in New York City and the Pentagon in Washington D.C. I did not know if I would even come to NACOS on the afternoon of this tragic day. But I decided that it was important to connect with the girls about the impact of what had transpired earlier. I had donned my black dress and was in a state of mourning when I arrived at NACOS. Miyuki was the one to hear and have explained what all this must mean for all Americans. She had many questions. Yes, an estimated 40, 000 people were killed this morning. This was the biggest and most serious attack on the United states since Pearl Harbor in 1942. Yes ALL Americans are totally in shock, devastated, grieved, angry, and upset and want justice for the perpetrators. Guys with knives hijacking airplanes with 200 people on board??? Ridiculous. It was a very emotionally exhausting day and after talking and talking about it we took a little drive to clear our heads and get a bite to eat.
Wednesday 12 September 2001
A good surprise for today’s lesson: I was asked to sing at a special memorial church service at the Ilikai Hotel at their Angel Chapel for all the stranded hotel guests who could not leave the island because all the airports in the nation had been shut down. People needed solace and comfort, answers and direction. Where to turn at a tragic time like this? Turn to each other, turn to God. I was honored to be asked to give in song to these
people. So at 4pm, Miyuki was seated in a pew with the other 50 or so guests, ready with a tape recorder. I sang God Bless America, The Lord’s Prayer and I’ll Walk With God. During one part of the service, the minister had everybody go around the room and express one word to describe how they felt. Sorrow, be-wildered, devastated, sad, saddened, angry, Jesus, peace, retaliation, tragedy, power… were some of the one-word responses. At the end everyone sang the uplifting hymn Let There Be Peace on Earth and Let It Begin With Me. Everyone cried. Afterwards, we went to the little outdoor bar there at the Ilikai Hotel for a cranberry juice, something that Miyuki had never had before. Cool and
refreshing. Miyuki was speechless for a long time after the ceremony. She
was very emotional and very moved. We decided to try to think about something else so we went to Borders Books to look for books on occupational therapy.
Friday 14 September 2001
All the girls from our first meeting with enconomiyaki were invited to my home for banana pancakes and my specialty, Mana Bananas. I was so happy to have my first guests in my new place be my lovely Japanese students from NACOS. Everyone helped and everyone ate. Even Dolce had a good time being someplace new and running around. I was was to give a lesson to everyone about Western-style table manners. This was fun for me to talk about and demonstrate and edifying for the Japanese girls.
Final Message
As young people, as strong, intelligent young women in a global world, in an uncertain and changing world, I say “Brava!” to each of you. You came such a long way and had such a powerful experience. It would have been different if you had been at home with all the other kids your age experiencing this striking world event. You would have felt safer and more detached from this world-changing event. Instead, you were out in the world, alone. You will never be the same. The world will never be the same. But you will be better for it. I love you and will always remember the powerful experiences we shared. Be well, do good works and keep in touch. I remain faithfully,
Heidi Van der Veer
HeidiVanderVeer 0 Comments : 2001-09-15 at 3:52 PM