帰途

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■2002/08/29 (木)

帰りは、同じ道では面白くないので、九州のまん中に真上に北上する
ルートを選ぶ。

途中で阿蘇山により、噴火口をみようと思ったが、近付いてきた台風の
おかげで豪雨。噴火口への分かれ道までは登り、そのまま北へスルーする
ルートで行く。さすがに上に登っていくと辺りの空気が硫黄臭くなって
いて、活火山の威力を垣間見る。

雨の中、特に見るものもなく、ひたすら北上し、一気に小倉まで出ると、
渋滞を回避するべく山口まで高速道でわーぷ。そこからは地道で三原まで。

帰りもとにかく疲れた。。でも楽しかったっす。。(爆睡)

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TatsuruArimura 0 Comments : 2002-08-29 at 12:43 PM

薩摩紀行

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■2002/08/28 (水)

今日は、薩摩半島巡りということで、1日中行動!
まずは墓参りをして、お土産の「かるかん饅頭」と「さつま揚げ」を購入。

そして早めの昼飯を長渕剛も通うラーメン屋「海乃屋」で食す。
鹿児島ラーメンにしてはけっこうあっさり系で、これはこれでうまい!!

次に向かったのは、知覧特攻隊記念館。若くして特攻隊員として
命を落とした人たちの遺書や絶筆などが写真と一緒に展示されている。
その中の一言
「押さえてもうきくるものの激しさよ-只玉砕と散らむうれしさ」
「人世の総決算-何も謂ふことなし」
「誓而轟沈」
これらを見てやはり心にこみ上げてくるものがありました。
戦争ほど非生産的なものはない。米の国の大将にも是非見てもらいたい。

さらに一行は指宿の砂蒸し温泉へ。
地熱で熱くなった海岸の砂で体を埋められて発汗を促す、というもの。
とにかくケツが熱っ!やけどしそうだったので10分ほどでリタイア。
でもそれなりに気持ちよかとです。

日も暮れはじめてきたので、指宿から西へ進路を取り、カツオの町枕崎へ。
駅前でカツオ定食1300円を食す。カツオの内臓煮がうまかったっす。

すっかり日も暮れて、父親が愛飲していた薩摩焼酎「白金の露」1升を
なんとかゲットし鹿児島市へ帰り、仕上げにかき氷の「白クマ」を食る。
鹿児島はほんまいつ来てもいいとこです。

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TatsuruArimura 0 Comments : 2002-08-28 at 12:40 PM

ざぼん

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■2002/08/27 (火)

今日は鹿児島の繁華街、天文館と桜島を観光。
debleが最も好きな鹿児島ラーメンを連れにも食べてもらう。
感触はgood!やはりこのラーメンしかないっす!

桜島では、お決まりの有村溶岩展望所と、大正時代の大噴火で
2.5mも埋まった埋没鳥居をみて、はいチーズ。

雨まじりで天気が良くない。明日はメインの薩摩半島めぐりなだけに
ぜひとも晴れてほしい!

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TatsuruArimura 0 Comments : 2002-08-27 at 12:38 PM

いざ

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■2002/08/26 (月)

鹿児島へ同行者1名の計2名で朝6時に出発!
この間の山口行きで2号線はもういいので、広島の志和I.Cから
山口南I.Cまで山陽道でワープ!

そこから下道で2号線、九州の3号線をひたすら下る!
昼飯は福岡太宰府市のクラコレ氏推奨「一蘭」で。うまか~♪

熊本市内に19時頃に突入し、deble好みの熊本の娘をチェック!
夜の極限に交通量の少ない3号線をさらに南下し、東シナ海を
臨みながら温泉につかり、水俣付近の安価ファミレスjoyfulで夕食。

その後もひたすら南下し、27日のAM3時に鹿児島着。
21時間の超ロングドライブにヘトヘトなり。。

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TatsuruArimura 0 Comments : 2002-08-26 at 12:36 PM

Violin弾きのお美っちゃん~14

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ビールが不味かった……

小学生の時のある日の午後だった。私は事務室の人に頼まれて音楽室に先生を呼びに行った。音楽室のドアをあけると2人の先生がタンゴのレコードを聴いていた。机の上の白い紙には赤い山桃がのせられていた。先生は私を見ると「こっちに来なさい」と手招きをして仲間に入れてくれた。

タンゴは、いつもの音楽の時間に聴くクラシックのレコードとは全然ちがっていた。私は特別に大人の世界に招待されたような気分だった。そして、タンゴを聴きながら山桃を食べた。

やはり小学生のある日、いつもの学校からの帰り道を友だちとゆっくりと歩いていた。途中、塀からイチジクの枝が外にせりだしている家があった。その実は日に日に熟していくのが私は気になっていた。口の中でイチジクの味を想像してみた。

私は、いよいよ熟したそのイチジクを味見しなくてはならない気持ちになっていた。ついにその家の人に無断で一つもいだ。茎から濃いミルクのような汁が流れ出た。割って友だちと半分づつ分けて、それを道で食べた。ふわりとやさしい味だった。

スリル感とともに食べ物を口にするのは、恋をした時のトキメキのようなもの。そして、慣れ親しんだ味というものは、程よく着慣れたコットンのパジャマのようなものだ。

ハワイに来てから、ある日、スーパーマーケットのお惣菜売り場でゆでた枝豆のパックをじっと見つめているアメリカ人を見かけた。たぶん米大陸の本土からハワイに観光に来たと思われる男性だった。その人は枝豆を見るのが初めてだったのだろう……恐らくそうだ、と私は直感した。

私はといえば夕食のおかずを買うつもりだった。きょうは何を食べたいか、並べられたお惣菜を見つめながら考えていた。もう1人は、私の隣で枝豆をじっと見つめている。…………と、

「この豆は皮も食べるのか」
「皮は固いか」
「塩味か何か味がついるのか」
「茹でてあるのか」
「おいしいか」

彼は矢継ぎ早に私に問いかけてきた。皮つき枝豆と並んで、皮なしの枝豆パックもあった。「皮の中味はこれか」とも聞かれた。私はいろいろ教えてあげてから、「おいしいよ。私、いつも食べてるんだから!」と言いながら枝豆パックをひとつ取り、勢いよく買い物かごに放りこんでその場を離れた。

その日は枝豆を食べたい気分じゃなかったのだが、たかが枝豆であれほど悩むとは辛気くさいアメリカ人もいるものだと勢いを見せたつもりだった。そして少し離れた別の売り場まで来てから、さりげなく振り返った。すると、まだいる。枝豆パックの前に立って、枝豆をじっと見つめていた。

彼は、かつてこれまでの人生で食べたことのない食べ物を口の中で想像し、味わっているのが私にははっきりと分かった。今まさに冒険するか否か、自分の勇気を試しているのだった……。

心の手はすでに枝豆に伸びているのに、慎重な彼は手を伸ばすことが出来ない。そんなふうに決断できない彼を痛ましくさえ感じながら、私はもう振り返らなかった。

…………「ビールに枝豆」は、懐かしの日本の夏だ。ハワイでもスーパーマーケットにいろいろなブランドの冷凍パックの枝豆が並んでいる。よく売れているところを見ると、ハワイ在住の日本人や日系人は家庭で「ビールに枝豆」をしているのかもしれない。

ヴァイオリン弾きの私は、かつて、「風邪ひきの名人」だった。ある年にひいた風邪がなかなか治らなかった。咳が痙攣するように連続的に小刻みに出て苦しく、薬を飲んでもまだ症状があった。

そこで、薬が効かないのならと、治療のつもりで冷たいビールを一口飲んだ。そのビールは、それまで味わってきたビールの味とは全く違い、なぜか「紙のような味気なさ」だった。私は怖くなりすぐに捨てた。

翌日かかりつけのお医者さんに走り「ビールが不味くなったんです!」と告げると、医師は厳しい顔つきで「死にますよ」と言ったのだった。

そんなことがあって以来、どんなに暑い日でもビールを飲まなくなったが、枝豆だけはせっせと食べ続けている。そして、今、「枝豆にビールは?」という、味覚の誘惑にジャンプしようかと思い始めている。

さて、私とは違い、「未知」への誘惑に戸惑っていたあの辛気くさいアメリカ人はどうしたのだろうか。どうでもいいことなのだが、記憶のどこかに引っかかっている。

(毎日新聞USA連載)


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Dolce 0 Comments : 2002-08-24 at 2:28 PM

Sign Language Song

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You Are So Beautiful/O, Lord, You’re beautiful medley
 
You are so beautiful to me
You are so beautiful to me
Can’t you see
 
You’re everything i hoped for
You’re everything i need
 
You are so beautiful to me
 
O, Lord, You’re Beautiful
Your face is all i see
and when Your eyes are on this child,
Your grace abounds to me
(2x)

I have attended church for as long as I can remember. My relationship with Jesus Christ is the most important thing in my life. He helps me in every way. He is my best friend because He will never leave me. If I am having trouble in the middle of the night, I can’t call my friend, but I can ask Him to help me and He always does.

 私は、ものごころが付いた頃には、教会に行っていました。イエスキリストとの関係は、私の人生にとって、一番大切なものです。イエスキリストは、あらゆる方法で、私を助けて下さいます。イエスキリストは、私のベストフレンドです。なぜなら、彼は決して私から離れることがないからです。もし、深夜に困難に陥った時、友人に連絡するわけにはいきません。しかし、イエスキリストに助けを求めることは出来ます。そして、いつも助けて下さいます。

 わたし は、ものごころ が ついた ころ には、きょうかい に いっていました。イエスキリスト との かんけい は、わたし の じんせい にとって、いちばん たいせつな もの です。イエスキリスト は、あらゆ る ほうほう で、わたし を たすけて くださいます。イエスキリスト は、わたし の ベスト フレンド です。なぜなら、かれ は けっして わたし から はなれる こと が ない から です。もし、しんや に こんなん に おちいった とき、ゆうじん に れんらく する わけ には いきません。 しかし、イエスキリスト に たすけ を もとめること は できます。そして、いつも たすけて くださいます。

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MarisaKawamoto 1 Comment : 2002-08-23 at 3:13 PM

バイク

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■2002/08/23 (金)

実家にあるバイク「ジェベル」250ccがずっとほこりをかぶったままに
なっていたので、4、5万で売りに出そうかと思っていたところ、
バイクに詳しい人に、
「3~4年乗ってなくてこの状態なら、ちょっと手入れすれば元通りになるから手放さない方がいい」
といわれたので、売ろうかと迷っていたが、売らないことにしました。
三原でたくさん乗ることにします。確かにもったいないもんね。
求職30氏、B.CAT氏に感謝します。m(_ _)m

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TatsuruArimura 0 Comments : 2002-08-23 at 12:33 PM

かえる

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■2002/08/21 (水)

車を実家に取りに行くため、帰省した。
でも18きっぷだったので、そのまま山陽本線だけで帰るのも
しゃくなので、岡山から中国地方を縦断して鳥取へ、そこから
山陰線に乗って福知山経由で宝塚へ。久々のローカル線はやはり
よかったっす。あのボックスシートを占領するのがいいんです♪
三原9:30発、宝塚23:00着。18切符1枚2300円なので、
もとをとりすぎ?たかも。

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TatsuruArimura 0 Comments : 2002-08-21 at 12:31 PM

ビバ田舎(死語)

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■2002/08/20 (火)

ここ最近夜や明け方がとても過ごしやすくなった。涼しい!
こんなに秋の変化を感じたのは久しぶり。宝塚にいたときは
10月までずっと暑いような感じがしてた。ヒートアイランド現象の
せいだろうか!?

しかしここはそういうのとは無関係な田舎都市三原。
忘れてかけていた感覚が取り戻せるところ。それが田舎である!

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TatsuruArimura 0 Comments : 2002-08-20 at 12:29 PM

While in California, I worked at Kentucky Fried Chicken as a cook.

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    When I was eleven years old  I had a job on a ranch during the Summer. I had to shovel horse stalls, fill wheel barrels with rocks, drag dead brush into piles to be burned and mowed pastures all in 105 degree weather.  I only got paid two dollars an hour (unless I was filing up the wheel barrels
then I got paid per wheel barrel) and I couldn’t take breaks longer than the time it took to get a drink from the hose.

    As bad as that job sounds, while in California, I worked at Kentucky Fried Chicken as a cook and  I must say, it was worse.  It always seemed like the orders of chicken would never stop.  My manager would always promise me I would only have to make one more batch, just to come back to the kitchen three minutes later and have me cook one more.  Every night, five minutes before closing and right after I finished cleaning the kitchen, a car load of people would show up at the drive thru wanting four or five buckets of chicken.  All I ever dreamt about was making chicken and no matter how much I bathed, I couldn’t get that fried chicken smell off of me.  I hated chicken.  I couldn’t eat fried chicken until recently.  What’s worse, after a year of that, I still had not
saved enough money to enter college.

 
11才の時、夏の間、牧場で働きました。40度の炎天下で、馬小屋をシャベルで掃除したり、石っころを拾い集めて車付きの樽一杯にしたり、枯れ草を引き抜いて燃やすために積み上げたり、牧草をすべて刈り取る作業をしなければなりませんでした。時給、たった2ドルの仕事でした。(車付きの樽を一杯にし、その満杯の樽、一つにつき、いくらという具合に支払われました。)そして、ホースの水を飲みに行く以外は、休憩を取らせてもらえませんでした。

カリフォルニアにいた時、ケンタッキーフライドチキンで調理師として働いたのですが、あの11才の時の仕事は、さほど悪くはなかったと思いました。ケンタッキーフライドチキンの仕事は、私のした仕事の中で最悪の仕事といえるでしょう。まるでチキンの注文が、ずっと終わらないかのようでした。マネージャーは、いつもあと一回作ればよいだろうと約束しておきながら、私が調理室に戻った3分後には、、もう一回作らせるのでした。毎晩、私が調理室をきれいに掃除し終わり、店の閉まる5分前になると、車に乗り込んだ人達が、ドライブスルーに姿を現わし、チキンを4、5箱求めるのでした。フライドチキンを作っている夢、どんなに身体を洗ってもフライドチキンのにおいが私の身体から取れない夢をよく見ました。私はフライドチキンが大嫌いでした。つい最近まで、フライドチキンを食べることができませんでした。さらに悪いことには、その一年後になっても、まだ大学に行くための十分なお金をためることができなかったことです。

じゅういっさい の とき、なつ の あいだ、ぼくじょう で はたらきました。よんじゅう ど の えんてんか で、うまごや を シャベル で そうじ したり、いしっころ を ひろい あつめて くるま つき の たる いっぱい に したり、かれくさ を ひきぬいて もやす ために つみあげたり、ぼくそう を すべて かりとる さぎょう を しなければ なりませんでした。じきゅう、たった に ドル の しごと でした。(くるまつき の たる を いっぱい に し、その まんぱい の たる、ひとつ に つき、いくら と いう ぐあい に しはらわれ ました。)そして、ホース の みず を のみ にいく いがい は、きゅうけい を とらせて もらえませんでした。

カリフォルニア に いた とき、ケンタッキーフライドチキン で ちょうりし として はたらいたのですが、あの じゅういっさい の とき の しごと は、さほど わるくは なかった と おもいました。ケンタッキーフライドチキン の しごと は、わたしの した しごと の なか で さいあく の しごと と いえるでしょう。まるで チキン の ちゅうもん が、ずっと おわらない かのよう でした。マネージャー は、いつも あと いっかい つくれば よい だろう と やくそく して おきながら、わたし が ちょうりしつ に もどった さんぷん ご には、もう いっかい つくらせる のでした。まいばん、わたし が ちょうりしつ を きれいに そうじ し おわり、みせ の しまる ごふん まえ に なると、くるま に のりこんだ ひとたち が、ドライブスルー に すがた を あらわし、チキン を し、ご はこ もとめる のでした。フライドチキン を つくっている ゆめ、どんなに からだ を あらっても フライドチキン の におい が からだ から とれない ゆめ を よく みました。わたし は フライドチキン
が だいきらい でした。つい さいきん まで、フライドチキン を たべること が できませんでした。さらに わるいこと には、その いちねん ご に なっても、まだ だいがく に いく ための じゅうぶんな おかね を ためること が できなかった ことです。

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NathanJones 3 Comments : 2002-08-19 at 5:02 PM

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