■2004/09/30 (木)
昨日から3食連続で「くりぃむしちゅー」。
具は過去数年間で最高レベルの多さ。
玉ねぎ、ジャガイモ、にんじん、マッシュルーム、シイタケ、
ブロッコリー、ほうれん草、鶏肉!
もううますぎ&栄養満点だぜっ!!!
今夜もシチュー♪
うぷっ・・・
■2004/09/30 (木)
昨日から3食連続で「くりぃむしちゅー」。
具は過去数年間で最高レベルの多さ。
玉ねぎ、ジャガイモ、にんじん、マッシュルーム、シイタケ、
ブロッコリー、ほうれん草、鶏肉!
もううますぎ&栄養満点だぜっ!!!
今夜もシチュー♪
うぷっ・・・
TatsuruArimura 0 Comments : 2004-09-30 at 8:53 PM
■2004/09/29 (水)
今日は台風接近のため集中講義二日目は昼までで中止。
大雨と暴風の中をバイクで帰る。。
家にいても風の吹く音がすごい!玄関の扉は誰かがたたいているみたいに
ドンドンと風のせいで鳴りっぱなし。
ホンマに今年は多いですな(–)
TatsuruArimura 0 Comments : 2004-09-29 at 8:51 PM
■2004/09/28 (火)
今日から3日間集中講義で音楽療法が1~5コマfullにあった。
なんというか、音楽療法は謎が多いけど、本当に身体の奥深くにある
流れ・リズムを活用した奥の深いものなんだなあと感じた。
そしてピアノが弾けて即興でひけることがかなり有利!
という今の現状ではかピアノが弾けないと音楽治療士としての活躍の幅が
かなり狭くなるのは必至。ピアノが弾けない人でもそれを代償できるような
有効な方法があれば、やってみたいと思った。
オカリナとギター少しのdebleじゃだめですか?
TatsuruArimura 0 Comments : 2004-09-28 at 8:49 PM
■2004/09/27 (月)
某大型ショッピングセンターへいくと、
「がんばれドラゴンズ!優勝決定日から感謝祭を開催!」
ってポスターに掲げてあった・・・ってか、な~んか調子よすぎないかぁ!?
去年は「がんばれ阪神!」「おめでとう阪神!」と銘打って
六甲おろしまで流してたのに、まぁなんとも都合のいいこと!
広島なんやからしっかりと地元密着で鯉軍団を応援せんかい!
怒ってる客多いと思うぞ~(–)
TatsuruArimura 0 Comments : 2004-09-27 at 8:47 PM
ついにハワイにやって来た!!
1日目(8月30日月曜日)
思ったより暑くない。これから私の1ヵ月間が始まる。無事入国審査も通って美智子さんとの待ち合わせ場所に行くと、美智子さんがいない!! 愛子ちゃんと電話をかけようと試みたが、小銭がなくて断念。両替から戻ってくると美智子さんと皆が待っていた。想像していた人と違っていた。とてもおちゃめなお母さんみたい。よかった、よかった。それからタクシーに乗ってロイヤルクヒオへ。初めて自分でチップというものを払った。タクシー運転手さんはとてもやさしい人だった。部屋に入り、ホテルの説明をしてもらい、荷物の整理にとりかかった。これから1ヵ月間の私の住みか。皆で協力してうまくやっていこうと思った。
午後からはナコスへ。修三さんと初めて会った。またまた想像していた人と違った。想像ではヒゲがあり、色は真っ黒でアロハシャツなんかを着ている人だと思っていた。後で皆に聞くと、皆も私と同じような想像をしていたらしい。修三さんの話は簡単なようでとても難しかった。でも、何となく修三さんが言いたいこと、感じみたいなものは分かった。まだ後1ヵ月近くあるんだし、焦ることはないと思った。
その後、ウィンター ミンティアさんという、ハワイ大学の4年生、でも年は、私たちよりもかなり上であろう人がやって来た。(年齢は30才、海軍に勤務しながらの大学生活)ウィンターさんの話は興味深いものばかり。理解できない所もあったが、これからもっと話をしていろんなことを聞きたいと思った。それから、ウィンターさんと皆で、これから必要な物を買いに行った。ダイエーには、日本の食材がなんでも揃っていてびっくり。それからナコスにいったん戻り、コンドミニアムまで送ってもらって一日が終了した。
時差ボケ (Jetlag) 対策を兼ねて、地元のスーパーマーケットを、いろいろ見て回りました。危機管理の第一歩!
この4週間、英語圏の人達との自分流・英語コミュニケーションスタイルに注目していって下さい。
2日目(8月31日火曜日)
初日から遅刻をしてしまった。明日からはもっと手際よく準備をしよう。修三さんの話しを聞き、セルフポートレイトの続きに取りかかった。これがなかなかうまくいかず、かなり悪戦苦闘した。やっぱり修三さんの言うことは難しいかも。皆がピザを買ってきてくれて、お昼休憩。その後、またまたウィンターさんといろんな話しをした。ウィンターさんの日本語は私達の英語より格段に上手いため、多少、英語がでたらめでも通じてしまうところが悲しい。みんなでしりとりをしてかなり盛り上がり、二日目が終了した。
ナコスに遅刻という概念はないけれど、約束は絶対に守るという姿勢は大切です。
少なく共、「でたらめの英語」だけでは、彼、わからないし、楽しくないと思います。彼の人柄、紗希さんの人柄、好意・好感、いろいろなものが複合して、なぜだかコミュニケーションが成り立っていたのでしょう。これって悲しむことではなく、かなり意味あることかと思っています。また、ウインターの日本語知識レベルは、紗希さんの英語レベルより格段に下です。でも、何故だか、味のある、意味ある日本語コミュニケーションが取れることも事実です。
3日目(9月1日水曜日)
今日は午後から、小林先生の病院を訪問。皆でいろいろ質問を準備して行った。聖ルカ病院はビルの最上階にあって、とても眺めがよい。こんな場所に病院があるなんて、日本では信じられない。先生はとてもクールな人だった。しかし、私たちの質問には確実に答えて下さり、本当にためになった。今日聞いた話は、きっと将来どこかで役立つものになるだろうと思った。また、研修中のジョンの話も、とても興味深いものだった。年も近いせいか、色々なことを聞けた。ジョンの熱意ある話は、私も、もう一度、栄養士の道に進んでみようかなと思わせたんだからすごい。
ナコスに戻るとアンドリューがやって来ていた。彼は、私たちのセルフポートレイトを英語に直してくれている人だ。出身はハワイ島だが、今はオアフ島でカラニ高校の先生をしている。ハワイ島の写真をたくさん見せてくれて、お父さんは日系2世。そして、おばあちゃんの出身は岩国だと言っていた。私は、今回、岩国の写真を持って来たので見せてあげようと思う。
4日目(9月2日木曜日)
今日の研修は1時からということなので愛子ちゃんとワイキキ探検に行って見ることにした。普段、私達はクヒオ通りしか歩かないけど、一本向こうのカラカウア通りは、日本人も多く、お店もたくさんあった。免税店や古着のお店などに入ってみたが、「まだ当分いるんだし焦って買うことないよねー」と言って店を出た。
午後からは、ナコスに行ってウィンターさんにセルフポートレイトの直し、そして、英語をテープに録音してもらった。今日はかなり中味の濃いものになったと思う。日本語と英語を対応させることはとても難しい。「そもそも日本語と英語を同じように考えること自体間違っているのかも」とさえ思った。英語と格闘しながらもかなり中味の濃い、そして、とても勉強になった一日だった。
紗希さんの場合、英語と日本語を対応させるといったことにこだわるより、自分にとって英語に置き換え易い他の日本語表現はないものかと思い巡らしてみるのもいい。日本語がゆたかでないと難しいけれど! 相手のアメリカ人に、紗希さんの英語を採点して頂くのではなく、紗希さんの人格をきっちり認めさせ、伝えたいことにも共感してもらわないと面白くない!
今回、「ちょっと、考えさせて下さい。」という表現を議論した。レットゥ ミー シンク ムニャムニャムニャ・・・ でも、「私、丸山紗希です。」という表現の方がずっと重くて大切!
5日目(9月3日金曜日)
昨日遅くまでリコーダーの練習をしたり、学校の話しで盛り上がっていたために、起きるのが遅くなった。でもまた皆と仲良くなれた気がした。今日も午後からなので、愛子ちゃんと海に行ってみようということになった。ワイキキの海は想像していたより狭くて、人もたくさんいた。でも、海はとてもきれいで、ダイアモンドヘッドも見ることができて、どこか写真とかカレンダーで見た景色だなと思った。
今日は、ウインターさんに、寺子屋での論語朗読 のように、セルフポートレイトの読み込みを特に念入りにするように頼んでおきました。英語学習ではなく、自分をいかに感じよく、味わい深く伝えるかです。セルフポートレイトやスモールトークを自分の言葉として語れるまでに大声で読み込み、身体に定着させること。
ここでは、メカニックな英語の構造理解はいい加
減でもいい。むしろ不明点、ひっかかるところがあっても、気にせず読み飛ばす英語との付き合い方も大切かと思っている。ただし、"My hobby is traveling. " と読めば、旅行に関するいろいろな情景が思わず浮かんでくるくらいにまで読み込むこと。
「暗記」するなどという発想では駄目です。暗記が目的ではなく、情景を思い描きながら、繰り返し、大声で読んでいたら、結果として忘れられなくなったというだけ!!
当り前のこと、簡単、単純なことが大切です。セルフポートレイトが、紗希さんの英語表現の根っこになれば幸いです。実は、今日は、昨日よりも中味の濃い一日なんです!
6日目(9月4日土曜日)
今日は午後からファミリーコンタクトに行く日。ナコスに着くとトニーが来ていた。トニーはとてもシャイだったけど、私達に自分のこばなしを丁寧に読んでくれた。そういう所からも彼の人柄の良さがよく分かった。私が今まで想像していた、何でもぺらぺらしゃべる外人の姿と、彼は大きくかけはなれていた。また、トニーが日本語の勉強を始めた日は、今年の1月3日と修三さんが言っていた。私は中学校から6年間は確実に英語をやってきたはずなのに、何でこうも話せないんだろうと考えた。そういう所からも、修三さんがいつも言っていることのヒントがあると思った。
トニーは、海兵隊勤務、基地に戻れば、同僚との同室生活、日本語学習など不可能と聞いています。ナコスでの、週2回、1時間半程度の時間が日本語を楽しむ機会です。
午後からマリッサとカミルが迎えに来た。カミルは人なつっこくて、とてもかわいい。あたしが分かるようにゆっくり話してくれて、私が分からないと言うと、分かるような言葉に置き換えてくれた。彼女なりに私とコミュニケーションを取ろうとしてくれているのが分かってとても嬉しかった。
マリッサはとても優しく面白い。私と年は変わらないのに、考えていること、そしてカミルと接している時の態度は本当に見習う所が多かった。そして何といってもこの姉妹はとても仲がよい。カミルはマリッサのことが本当に好きで、マリッサもカミルのことを愛しているようだった。私もお姉ちゃんと、とても仲がよいけど、マリッサとカミルの関係とはどこか違うような気がする。こういう所からも二ールとテレサの子供の育て方がよく分かった。
アラモアナショッピングセンターで昼食を取った後、2人のダンスのリハーサルについて行った。そこは学校で、明日、教会主催のフェスティバルが行われる。彼女達はダンスを踊るようだった。広場に着くとダンス仲間がたくさん来ていて、カミルと同じ年頃の子をたくさん紹介された。彼女達は顔も、髪の色も、みんな違っていた。彼女達にとってはごく普通のことなのかも知れないけれど、日本人である私にとっては、みんなが同じ言語をしゃべっているのがとても不思議なことのように思えた。
しばらくたって、二ールとテレサがやって来た。マリッサから、二ールは日系人だと聞いていたが、私と少し挨拶を交してから、すぐにどこかに消えて行ってしまった。テレサはとてもやさしそうなお母さんだった。二ールのこと、そして、マリッサやカミルのことについて話してくれた。
あまりよく理解はできなかったけど、二ールのおじいさんとおばあさんは、昔、日本人としてハワイにやって来た。二ールのお母さんは、小さい頃、両親 (おじいさん、おばあさん) に連れられて、一度、日本に帰ったそうだ。その後、ハワイに戻ってきた。 (帰米2世) 真珠湾攻撃が始まったため、ニールのお母さんの乗った船が、日本からの最後の船になったと言っていた。私が、「もし、二ールのお母さんがその船に乗ってなかったら、テレサと二ールは今ごろ出会ってなかったね。」と言うと、彼女は、「いいえ、私達は、またどこかで出会っていたと思うわ。」 と言っていた。
学校英語としては、自信のない聞き取り方だったかもしれないけれど、コミュニケーション英語(!?) としては、よくここまで混み入ったメッセージを取ってきたなと思っています。
リハーサルが終わり、ニールの家に着いた。家に着くなり、カミルが冷蔵庫に張ってあった写真を説明してくれたり、「メールする?」 と聞いてきてくれたり、私を気づかってくれた。マリッサはバイトがあるため、シャワーを浴びるなりあわただしく出かけて行った。
その後、カミルとテレサと一緒にこの団地内にあるコミュニティープールに行った。カミルと一緒に泳ぎながらいろんな話しをした。その中でも一番印象に残っていることは、「学校でもプールの授業あるの?」と聞くと、彼女は「私はホームスクールだから、先生はお母さん。だから今が、私のプールの授業よ。」と言っていた。義務教育である日本では、ホームスクールなんて言葉を聞いたことがない。私はとても驚いた。学校に行かなくてもカミルのような子が育つんだと思った。
プールから戻って、近所のイタリア料理屋さんに夕食を食べに行った。そして、友達の家の犬の世話をしに行った。私は今まで犬を飼ったことがないので、初めて犬の散歩というものをやった。その後また、二ールの家に戻り、テレサと一緒にたくさんの写真を見ながら話をしてその日は終わった。
7日目(9月5日日曜日)
次の日、朝起きると二ールの姿がなかった。彼は朝5時に起きて、今日のフェスティバルに出す料理を作りに行ったらしい。会場に着くと、昨日とうって変わってたくさんの人がやって来ていた。クリスチャンの曲、フラダンス、そして、カミルとマリッサの発表があった。かなり盛り上がっていた。このフェスティバルで、私はテレサにたくさんの人を紹介された。みんなどこかで日本人の血が混ざっているようで、日本語を話せるおじいさんやおばあさんもたくさんいた。みんな日本人である私にとても親切に接してくれて嬉しかった。昼食を食べて、テレサとマリッサにまた来るからね。と告げて、マリッサと一緒にナコスに戻った。二ールにお別れの挨拶を言えなかったのが残念だ。また、メールか何かでニール家の人にお礼を言いたいと思う。
ナコスに戻って、午後からはダイアナさんの話を聞いた。ダイアナさんはとても優雅で心優しい人だった。私は医療関係に進むつもりはないけれど、ダイアナさんの話には心打たれるものが多かった。その後、みんなで中華料理を食べに行って、フラを披露してもらった。この日は、コンドミニアムに帰ってからもみんなフラを踊っていて、とても面白かった。私もダイアナさんのフラを見て、日本に帰ったら本格的にフラを習おうと思った。
8日目(9月6日月曜日)
今日はウィンターと一緒にカイルアビーチまで行った。ナコスを出る時にはすごい雨だったのに、高速に乗るとあっという間に晴れてしまった。ロコモコドライブインで昼食を買い、マウイ島まで見えるとても眺めのいい場所で食べた。マウイ島まで見えることはめったにないらしい。昼食を食べてから、カイルアビーチに行き、かなり泳いだ。こんなに海ではしゃいだのは久しぶりだ。海の色はとてもきれいだったが、沖縄の海も負けてないと思った。亀のいるビーチに行った後、ウィンターのお母さんに会いに行った。みんなで公園に行き、たくさんの話しをして、そこでウィンターのバースデイパーティーをした。用意した十目すしは腐ってしまったが、バースデイソングを歌い、カードとプレゼントをあげると、とても喜んでくれた。
「沖縄の海も負けてないと思った。」こんなことを淡々と素直に思い、書き綴る紗希さんは、並みの人じゃないと思った!また、お父さんのマツダといい、お姉さんの沖縄、自分のバックグラウンドに誇りを持てる人って信頼されると思う。
ウィンターのお母さんに別れを告げて、ナコスに戻った。今日はウィンターといろんな話をしたけど、彼が、ただの面白い外国人じゃないということが分かった。彼は戦争のことについても意見を持っていたし、自分の将来のことについても話してくれた。また彼は、オランダ、アイルランド、そして、日本の血も混ざっていて、人類みんな兄弟だという話にまでなった。本当にハワイに来て、そして、ウィンターに会えてよかったと思う。
9日目(9月7日火曜日)
今日の修三さんの話しは前よりも理解できるようになったと思った。ファミリーコンタクトに行ったり、ウィンターと遊んだことによって、自分の目で見たり、何か感じるものがあったからだと思う。私はファミリーコンタクトに行って、うまくコミュニケーションがとれなかったり、言いたいことが言えなかったのは自分の英語力のなさだと思っていた。だけど、修三さんの話を聞いて、自分のコミュニケーション力をもっと磨かないといけないと思った。それは外国人とのコミュニケーションだけでなくて、普段からの人との接し方にも言えることだと思った。もうちょっと色々自分を見直したいと思った。
午後からアラモアナショッピングセンターに行って、その後、ウィンターに英語をシリアスに練習してもらった。やっぱり英語は難しい。練習あるのみ。
「その後、ウィンターに英語をシリアスに練習してもらった。」という一節は気に入っています。ウィンターに頼んだことは、「しつこいまでのセルフポートレイトの読み込み、軽いトークは一切禁止!紗希さんのセルフポートレイトから、同じ単純質問を繰り返し行う」でした。おそらく、教科書を使っての質問なら退屈で、だんだん馬鹿々々しくなって、そして、嫌になっただろうと思います。紗希さんも、いよいよリズムに乗ってきたなって感じです。
10日目(9月8日水曜日)
午前はボランティアの打ち合わせをして、午後からはシュライナーズホスピタルを訪れた。アンさんは私達に分かるようにゆっくりとした英語で話してくれた。それから病院内を色々案内してくれた。私の知っている日本の病院とは大きく違っていた。すべてのものが子供用に作られていた。そしてどうしたら子供が快適に過ごせるかが考えられていた。またスタッフの皆さんもとても親切な人ばかりだった。中でも一番驚いたのが、この病院はすべてがフリーだということだった。こんな病院が日本にもっと増えればいいと思う。
11日目(9月9日木曜日)
今日は午後からジョイスの家に行く日。 ジョイスとチャドが迎えに来た。ジョイスの第一印象は、とてもドイツ語の先生には見えなかった。家に向かう車の中でも、二人の会話は絶えない。いつも一緒にいるのに、そんなにしゃべることがあるんだろうか。
家に着くとキーンとメイシー、そして、ジョイスのお母さん、ダイアナさんが待っていた。キーンは、私たちが着くなり、「僕のスパイダーマンの衣装どこにあるか知らない?」と聞いてきた。ハロウィーンで着るらしい。とてもかわいい奴だ。夕飯は、チャドが買って来た中華を食べて、セルフポートレイトを読んで、少し話しをして、その日は10時には寝た。
12日目(9月10日金曜日)
朝起きるとジョイスは既に仕事に出かけていて、チャドがコーヒーをいれてくれた。ダイアナさんが来るとチャドも仕事に出かけて行った。キーンは、朝からずっとスクービーのDVDを見ている。彼はスクービーを愛している。私たちも何回も見たので、帰るまでにストーリーを覚えてしまった。
ダイアナさんは、毎日、キーンとメイシーのベビーシッターをしているらしい。見たところけっこう年そうに見えるのに、毎日なんて信じられない。ジョイスも彼女のおかげで仕事ができると言っていた。
昼前にキーンとメイシー、そしてダイアナさんと海に行った。こんなきれいな海が家のすぐ目の前にあるなんて、とてもうらやましい。帰る時、キーンが、「まだいたい」と、だだをこねた。ダイアナさんはきちんと叱っていた。ただ孫をかわいがるおばあちゃんではないんだと思った。午後からは、キーンとメイシーと一緒に遊んで、4時頃に、ジョイスが帰って来た。ジョイスとダイアナさんがすごい勢いでしゃべっている間も、キーンは、スパイダーマンごっこをしようとせがんできた。とてもかわいい。ダイアナさんのご主人ジャックも来て、夕飯は、今朝ダイアナさんが作っていたチリを皆で食べた。その後、お土産をプレゼントして、ジャックとダイアナさんは帰って行った。
キーンとメイシーも9時前には寝て、その後、ジョイスとチャドと4人で、玄関前のテラスでいろんな話しをした。彼らがどうやって知り合い、結婚して、そして、今までどうしてずっと子供を作らなかったのか、などたくさんの話をしてくれた。彼らの話しにはとても共感できる部分が多かった。そして、私がずっと思い描いていた人生とよく似ていた。ジョイスとチャドは本当に幸せそうで、私もこんな結婚生活を送りたいと思った。
13日目(9月11日土曜日)
今日の朝ご飯はチャドが作ってくれた。こんなにおいしい朝食を食べたのは久しぶりだ。ご飯を食べて、チャドとジョイスとハイキングに行った。ジョイスはとても歩くペースが早いのでついて行くのが大変だったけど、頂上からの眺めは最高だったし、ここでも2人から学ぶことが多かった。
その後、ダイアナさんが、私たち2人をプールと海に連れてってくれた。たぶんキーンと海に行った時、あまり私たちが遊べなかったからだろう。本当にいい人だ。
ダイアナさん家では、日本に行った時の写真を見せてもらった。日本式のトイレの写真を撮っていて、現像したらトイレに飾るつもりなのと言っていた。本当におもしろい人だ。
夕飯は近くのレストランに食べに行った。ここでもたくさんの話をした。ジョイスはたくさんの国に旅行に行っていて、旅行についてたくさんの話をしてくれた。聞き取れない部分もあったけど、旅行に対する考え方、そして旅行することが本当に好きだということはよく伝わって来た。
家に帰って、愛子ちゃんとお礼に何かしたいねという話しになった。明日の朝食を作ることの他に、形に残る物もプレゼントしたくてちぎり絵を作ることにした。すぐ終わるだろうと思って始めたけれど、結局、その日は完成せぬまま、午前4時半になってしまった。
14日目(9月12日日曜日)
今日は6時前に起きて朝日を見に行った。昨日、ジョイスに「私たちだけで朝起きて行くからジョイス達は寝てていいよ」と言ったのに、彼女は起こしに来てくれて、コーヒーまで作ってくれた。本当に嬉しかった。誰も足跡のついていないビーチで朝日を見て、家に帰ってちぎり絵の続きを完成させ、朝ご飯を作る事にした。フレンチトースト用の卵がなかったので、近くの小さなお店まで2人で歩き、フレンチトーストとフルーツを切って、テラスに行って皆で食べた。キーンがとてもおいしいと言って、たくさん食べてくれた。ダイアナさんとジャックが来て、さよならを言った。その後、ジョイスが私たちに見せたいものがあると言って、自然についてのDVDを見せてくれた。彼女は私たちが自然が好きだから見せてくれたんだと思う。本当にきれいな映像だった。その後、帰る用意をしてナコスに戻った。
今回、ジョイスの家に行ったけど、たくさんの事を学んだ。ジョイスとチャドの子供の育て方には本当に見習うべき点が多い。叱る時には、きちんと叱り、その後、何故、叱ったのかを子供にも分かるようにゆっくりと説明して、最後には抱きしめて、あなたを愛しているのよということを伝えていた。本当によい育て方だと思った。
あと、チャドは夕飯の食器を片付けたり、子供を寝かせつけたり、キーンの着る服まで選んでいた。日本の父親像からしたら考えられないけれど、お互いがいたわりあっているのが本当に分かった。私が今までずっと思い描いていた生活を今まさにしている人に出会えて本当によかったと思う。私もいつか本当に好きな人と結婚して、チャドやジョイスのような生活を送りたいと思う。
午後からは、アンドリューが、ハナウマ湾に連れてってくれた。ここでもアンドリューとたくさん話した。 (彼とはもちろん日本語で!) アンドリューはとてもやさしい。日本人の心を持った外国人のようだ。日本人の心を持っているのでとても気持ちが理解しやすい。ハナウマベイは思ったより人も少なくて、きれいな魚もたくさん見ることができた。あと、あんなに近くでウミガメを見ることが出来て本当に嬉しかった。アンドリューありがとう。
15日目(9月13日月曜日)
今日はルナリロホームでのボランティアの日。午前は、ウィノナさんの話を聞いた。初めて本物のハワイのおばあちゃんに会った。ウィノナさんの英語は他の人より聞き取りやすかった。そして彼女の作ったハワイアンキルトはとてもきれいだった。日本でもハワイアンキルトが流行っているけど、彼女の作った物は本物という感じ。私も日本に帰ったらハワイアンキルトを習いたいと思う。
午後からは、ルナリロホームでボランティアをした。シェリルさんが迎えに来てくれて2時前には到着した。ボランティアは2時半からだったので、それまで施設を見学した。前よりも人の話していることが聞き取れるような気がした。これも、猛スピードでしゃべるジョイスのおかげかも。ボランティアはうまくいったと思う。昨日の夜、私は夕飯を食べてすぐに寝てしまったので、皆が色々言うことなどを考えてくれた。本当に皆のおかげだ。施設のおばあちゃん達も本当に喜んでくれて、一緒に歌を歌ってくれたり、挨拶をしてくれたり、フラまで教えてくれた。とても、そして、何故か、涙が出そうになった。愛子ちゃんも同じことを言っていた。本当にボランティアをしてよかった。
「猛スピードでしゃべるジョイスのおかげかも。」の意味を考えます。
猛スピードでしゃべるジョイスのおはなし、メッセージを、どうしてもわかりたかったんでしょ!
16日目(9月14日火曜日)
今日は午後からナコスに行った。アリソンさんとウィンターに会った。アリソンさんとは、セルフポートレイトを読んで、それについて質問してもらった。アリソンさんは、とてもやさしく、そしてとってもかわいかった。また明日来て、今度は日本語で、私達が写真の説明をするらしい。とても楽しみ。
ウィンターとはセルフポートレイトの練習をした。覚えていなかったために、あまり練習にならなかった。ウィンターは、「まだ覚えてないのかよ~」 みたいな感じだった。次に、ウィンターが来る時までに覚えて、そして、絶対驚かせてやろうと思った。練習あるのみ。その日は、セルフポートレイト片手に寝ていた。
紗希ちゃん面目躍如! ところで繰り返します。
ウインターには、寺子屋での論語朗読のように、セルフポートレイトの読み込みを特に念入りにするように頼んであります。自分をいかに感じよく、味わい深く伝えるかです。セルフポートレイトやスモールトークを自分の言葉として語れるまでに大声で読み込み、身体に定着させること。ここでは、メカニックな英語の構造理解はいい加減でもいい。むしろ不明点、ひっかかるところがあっても気にせず読み飛ばす英語との付き合い方も大切かと思っている。ただし、"My hobby is traveling. " と読めば、旅行に関するいろいろな情景が思わず浮かんでくるくらいにまで読み込むこと。「暗記」するなどという発想では駄目です。暗記が目的ではなく、情景を思い描きながら、繰り返し、大声で読んでいたら、結果として忘れられなくなったというだけ!! 当り前のこと、簡単、単純なことが大切です。
17日目(9月15日水曜日)
今日はウィノナさんが午前中に来た。セルフポートレイトを読んでいろんな話をした。そしてゆきよの恋の話も。とても盛り上がった。ウィノナさんは本当にかわいいおばあちゃんで、恋の話しも楽しそうに聞いてくれた。この前とは違う一面が見てとれて、とても楽しかった。日本に帰ったら、絶対手紙を書こうと思った。
午後からは、スコットさん、アリソンさん、アンドリューと、大勢の人が来た。私は3時間あまりも昼寝をしていたため、起きたらアリソンさんが来ていた。写真を見せながら、たくさんの話をした。アリソンさんは、本当に日本語が上手で、セルフポートレイトもすらすら読み、私達が言うこともほとんど理解していた。本当にすごい。そして実は、とってもおもしろい人だと思った。
スコットさんにも写真を見せると、とても喜んでくれた。一生懸命、私達の言うことを理解しようとしてくれて、本当に嬉しかった。これが、修三さんがいつも言ってることかもと思った。そして、なんとうれしいことに、次の土曜、私達をハレイワに連れてってあげるとまで言ってくれた。本当にみんな優しい人ばかりだ。ちなみに、この日も、午前1時までセルフポートレイトの練習をした。私にしてはよく頑張ったと思う。
18日目(9月16日木曜日)
今日は、午後からナコス。セルフポートレイトの練習をしていると、ウィンターがやって来た。私が、途中つまりながらも、全部覚えていたのでとても驚いていた。
そら見た!と思った。撃ちのめした。
プレゼンの時も、途中つまりながらも、みんなの目を見て言えたので、自分の言いたいことを伝えることができたと思う。そして、ウィンターもとても喜んでくれた。よかったよかった。
5時からは、マリッサが来て手話を教えてくれた。座ってやるものだと思っていたら、ダンスをやるように体全体を使ってやったので、とてもおもしろかった。マリッサの手話はフラをやるように、とても優雅だった。そして、マリッサは、私達をコンドミニアムまで送ってくれ、途中の買い物まで付き合ってくれた。なんて優しいんだろう。帰ったら絶対お礼のメールを送りたい。
この日は、久しぶりに4人が揃った。やっぱり4人が一番おもしろい。話が絶えない。本当にみんな知り合えてよかったと思う。みんな広島に帰ってまた別々になるのがとても淋しい。広島に帰っても、たまにはみんなと会って、また大笑いがしたい。
19日目(9月17日金曜日)
今日は、アンケリーさんにお礼のおみやげを持っていった。アンケリーさんはとても喜んでくれて、いつでもこのアドレスにメールしてね、と言ってくれた。本当にいい人だ。みんなとも話したけど、理想の上司だと思う。
午後からは、ゆきよちゃんと、まどかちゃんのプレゼンを聞いた。絶対、最初より気持ちがこもっているなと思った。その後、またまたウィンターとセルフポートレイトの練習をした。もう頭が一杯だったけど、いざ始まると口をついたように英語が出てきた。体に染み込んできた感じ。後は2ページ目をもうちょっと練習して、読みながらその情景が浮かんできたら完璧と修三さんに言われた。
この感覚を日本に帰ってからも維持し続ければ、紗希さん流英語の土台はゆるがない。
夜からは美智子さんとウィンターをコンドミニアムに招待して、お好み焼きを食べた。とってもおいしくて、そして楽しかった。そういえば、ゆきっきとまどかちんにあたしの第一印象をまだ聞いてない。帰るまでに聞かなければ。
20日目(9月18日土曜日)
今日はスコットさんに、たこあげと、ノースショアに連れてってもらった。スコットさんの車はトヨタのサーフで、とてもかっこよかった。あたしもあんなのに乗りたいと思った。
マツダ、頑張れ!
まず、ヌウアヌパリ展望台に行った。半島を挟んで、カネオヘとカイルアの海がとてもきれいだった。カネオヘの意味は男竹だということをスコットさんが教えてくれた。
次にクアロアリージョナルパークでたこあげをした。ここは、チャイナーマンズハットが望め、たくさんの地元の人が、海水浴やピクニックを楽しんでいた。ハワイには、休日、家族で過ごせるような場所がいくつもあって、とてもうらやましいと思う。
たこあげは、思っていたものよりとても大きくて、スコットさんは、ラジコン飛行機のようにたこを操っていた。
スコットさんの家に奥さんのパトリシアさんを迎えに行った。スコットさんのお家はとても大きくて、庭にココナッツの木が植えてあって、それを割って中味を見せてくれた。とっても甘かった。
私とゆきっきは、パトリシアさんの車に乗ってノースショアに向かった。パトリシアさんはポルトガル人のクウォーターで、小さい頃から、お父さんには英語で、お母さんには日本語で話していたと言っていた。また、日本語は話せるけど、漢字はほとんど読めないことや、カトリックであったために、日本語の名前はないといったことなどを教えてくれた。私はこんな人と接するのは初めてのことで、日本語を何不自由なく話しているのに、本当に不思議なことだと思った。
途中、きれいなビーチに寄りながら、タートルベイに着いた。ビーチに行ってみると、ありえないほどの亀が来ていて、本当に驚いた。亀と一緒にシュノーケルをして、目一杯、遊んだ後、ガーリックシュリンプを食べに行った。ここの料理は本当に油っぽくて、とてもお腹一杯になった。パトリシアさんにお礼を言い、スコットさんと一緒にナコスに戻った。
今日一日、スコットさんと一緒にいたけど、一番驚いたのがパトリシアさんのことだった。本当にあんな人がいるんだなぁと思った。また、スコットさんが奥さんに日本語で話しかけると、奥さんが英語で答えていたのにも驚いた。本当に国際色豊かな家庭だと思う。本当に今日は驚きの一日だった。
あと、今日は修三さんに、「面倒くさがらずに、もうちょっと文で話す努力をした方がいい。」と言われた。
私は外国人と話す時、その会話のスピードに付いていこうと思って、早く早く話そうとしていたような気がする。確かにそれでも通じるけれど、やっぱりスコットさんのように、ゆっくりでもいいから、みんなに伝えようと思う気持ちが大切だと思う。私はまだまだ、みんなを待たせて、悪いなぁという気持ちがある。そうすると、また、ますます考えられなくなる。でもそれは、性格的なものなのでしょうがない気もする。
また、ウィンターのように、慣れてきた人、また、少し日本語が分かる人と会話する時にも、多分ニュアンスで分かるだろうし、分からなかったら、向こうがまた聞いてくるだろうと思ったりしていた。でも、それでは、いつまでたっても英語がしゃべれないと思う。
やっぱり、「伝えよう」と思う気持ちが大切だと思った。これは英語の時だけでなく、普段の私にもいえることだと思う。でもこれは、私が伝えよう、伝えたいと思うこと、またそういった相手でなければ、私にとってはなかなか難しいこと、というか、できないことだ。やっぱり私は、ピッキーな人なんだろうか。少なくとも、ジョイスと旅行のことや、将来について話している時は、伝える努力をしていた気がする。こういう人を大事にしていきたいと思った。
21日目(9月19日日曜日)
今日は午後からの日。ジャーナルを書いて、6時からシャリーンと一緒に教会に行った。
私が思っていた教会は、厳かな雰囲気の中で賛美歌が歌われたり、牧師の人が話すものだと思っていた。しかし、行ってみると、まるでそこはライブ会場のような所だった。神様についての歌を若者が大声で歌っていて、いろんなキリスト教があるんだなぁと思った。私もこの歌を一緒に歌いながら、『私はキリスト教ではないけれど、この歌は本当にいい歌だし、大声で歌っていると本当にすっきりするなぁ』と思った。そして、この人達はこんなにも熱くなれるものがあってうらやましいと思った。
帰ってから、みんなでまた色々話しをしたけれど、日本人の多くの人は、宗教は戒律があって厳しいもので、危ないとか、怖いとか、悪い意味で考えるけど、こっちの人達にとって宗教は、あって当り前のことで、日本人のように深刻に考えていないんだなぁと思った。確か牧師さんも、一人漫才をするように説教をしていた気がする。私もキリスト教徒ではないけれど、「みんなを愛しましょう」とか、「感謝しましょう」とか、そういった部分にはとっても共感できるし、いいことだなぁと思った。だから、宗教って何なんだろうとか、宗教って意味が分からないとか、そこばっかりに注目していたらきりがないし、簡単に答えが出ることでないんだから、自分の考えや行動を基本とした上で、キリスト教のいいところはそれを認めたり見習ったりして、この考えには賛成できないなぁと思えば、別にキリスト教じゃないんだから、その部分を排除すればいいことだと思った。
それにしても、シャリーンは本当にやさしくて、行動一つ一つが、とてもおもしろかった。同年代として、本当に友達になりたいタイプの子だと思った。もっと話しがしたい。後で絶対メールを送ろう。
22日目(9月20日月曜日)
今日は、朝7時にゆきよちゃんとまどかちゃんが日本に帰って行った。明日は、愛子ちゃんが帰る日。あれだけうるさかったコンドミニアムが今日はとても静かだ。
昨日の分のジャーナルを書いて、4時にウィンターが迎えにきた。今日は、ウィンターママに会う日だ。今回の研修で何度か通った、カイルアまでの道。「またこの道を通るのは、次にハワイに来た時だなぁ」と一人感慨にふけっていると、ウィンターが「毎日、この道、飽きるね~」と言ってきた。「このやろ~」と思いながらも、とてもうらやましかった。
ウィンターのお母さんとの待ち合わせまで少しあったので、カイルアの街でアイスを食べた。「この辺は白人が多いんだよ」っとウィンターが教えてくれた。「確か、ジョイスの家に行った時、あれだけよく見る日系人を一人も見なかったなぁ」と思った。ハワイにも地域によって何系が多いとかいろいろあるんだなぁと思った。
人種のるつぼじゃなくて、モザイクですね。
健康食品のお店にウィンターママはいた。第一声は「ハーイ!ガールズ!!」やっぱり私達はウィンターママに気に入られているようだ。ママは、アロエクリームを買っていた。その店には、無添加の化粧品からヨガのマットまで、体によさそうな物がたくさん売ってあった。ウィンターママとお店の裏の川で鳥にパンをあげていると、ウィンターが、さっきお母さんに買ってもらったアイスを嬉しそうに食べながら現われた。愛子ちゃんと「まるで子供のようだね」と話した。
その後、この前と同じ公園で犬の散歩をした。パティ、ピグレット、ティエルは3人とも本当に賢こくて、ママの言うことを何でも聞いていた。さすが、ウィンターママ。ママも一緒にご飯を食べに行くのかと思いきや、「ここでお別れだわ。またいつでも遊びに来てちょうだい。」と言われた。そして、おみやげとサンキューカードを渡すと、とても喜んでくれた。本当によかったよかった。またハワイに来たら会いたい。愛子ちゃんのハワイでのラストディナーをウィンターと3人で食べた。その後、広島の案内パンフレットと地図を渡すと、とても喜んでくれ、「来年、日本に行く時は、絶対、広島に行くよ」と言ってくれた。もしウィンターが本当に遊びに来てくれたら、また4人でもてなしたいと思った。ウィンターと最後のお別れをして、コンドミニアムに戻った。
いよいよ明日は愛子ちゃんが日本に帰る日。とても寂しい。これから一週間、おもしろいことがあっても、寂しいことがあっても、一緒に笑ったり、考えたりしてくれる人がいないんだなぁと思うと、本当に悲しい。また絶対、広島に帰ったら4人で会いたいなぁと思った。
23日目(9月21日目火曜日)
朝7時に愛子ちゃんがコンドミニアムから空港に向かった。昨日、あたしは愛子ちゃんがお風呂に入っている間に寝てしまったので、朝起きたら部屋がきれいに片付いていて驚いた。さすが愛子ちゃん。最後の最後まで完璧だ。
一寝入りして、1時にナコスに着いた。写真を見て、ジャーナルを書いていると、美智子さんが「書き終わったらシンディーの家に様子を見に行って、それから大丈夫そうなら、明日、サーフィンをできることになるかも。」と言ってくれた。神様仏様ありがとう。
シンディーの家に着くと、マーリンが迎えてくれた。ゆきよちゃんの写真で見たことある!と思った。それから、ソフィアも出てきて、美智子さんが事情を聞いていると、ちょうどいいところに、デービッド(シンディ&トムご夫妻が留守中の時の責任者)が帰って来た。美智子さんが話しをしている間、ソフィアにいろいろと案内してもらった。これが、ゆきよちゃんの言ってた所かぁ~と思いながら、とても興味深い場所だと思った。世界中から集まった人が、よくここまで一緒に生活できるなぁと思った。
デービッドの了解を得て、明日、サーフィンはできることになったみたいだが、その後、何故か、木曜日にコネクションの人達の前でプレゼンをすることになった。いい機会なので、できる所まで頑張ろうと思う。ウィンターをうちのめすために練習していた時のように、とりあえず、この二日間は練習だ。明日、サーフィンから帰って来たら、アンドリューにいろいろ聞いてもらおう。
24日目(9月22日水曜日)
今日は、午後3時からサーフィン。それまでコンドミニアムでセルフポートレイトの練習に励んだ。
3時からは、コネクションの人達とサーフィン。始めにソフィアと泳ぎ、ジョセフが戻ってきた所で、彼にサーフィンを教えてもらった。ワイキキの海はビギナーが多く、彼も半年前にサーフィンを始めたと言っていた。私はこの夏にサーフィンを始めたのにもかかわらず、2回目にして、ワイキキに来れて幸せだと思った。この夏に初めてやった時は、ボードに立てなかったので、今回は絶対に立つぞという意気込みで臨んだ。その結果かどうか分からないが、なんとトライして二回目にして立ててしまった。これにはジョセフも驚いて、「僕でも3回目で立ったのに。」と悔しがっていた。「ボードに立てた人でないと、あの感覚は分からない」とよく言われるが、本当にそうだと思った。自分が波の上に立ち、風を切って進む感覚はなんとも言えない。絶対、日本に帰っても続けようと思った。次はロングでなく、普通の長さので挑戦だ。皆にお礼を言い、コンドミニアムでシャワーを浴び、修三さんの迎えでナコスに向かった。
ナコスに着くと、スコットさんとアンドリューが来ていた。スコットさんに、皆から託されたお土産と手紙を渡すと、とっても喜んでくれた。しばらくスコットさんと話しをして、最後に私のセルフポートレイトを聞いてもらった。スコットさんは、私がセルフポートレイトを覚えていることにとても驚き、「あなたの英語、とてもよく分かりました。」と言ってくれた。やっぱり聞いて欲しい人に何かを伝える時は、意識しなくても心がこもってしまうものなんだなぁと思った。
スコットさんに最後のお別れをして、美智子さんと一緒に夜ご飯を買いに行った。今日はナコスでアンドリューも一緒に夕飯を食べた。(まどかちゃんごめんね!)
ベトナム料理は本当においしくて、アンドリューが実は、高校でトロンボーンをやっていたこと、あとハワイに来た日系の人たちの話しなど、とても興味深い話しばかりだった。私はまだまだ日系の人達の歴史について知らないことばかりだなぁと思った。二ールの話しにしてもそうだし、知りたいことがまだまだある。これを機会に、ハワイに来た日系の人たちの本でも読んでみようと思う。
25日目(9月23日木曜日)
今日は9時から、コネクションでバイブルスタディー。そして、バイブルスタディーの前に私のセルフポートレイトを発表する機会が与えられた。昨日のスコットさんの前で読んだ時のようにはいかなかったが、まずまず言いたいことは伝えられたと思う。よかったよかった。
いよいよバイブルスタディーが始まり、私の英語力じゃ到底理解できない早さのディスカッションが始まった。ソフィアが「この3つの文はキリスト教の中で最も重要なことよ。読んでみて。」と言われたが、辞書がない私はかなり自分流に訳し、理解した気でいた。その間も、ソフィアが、「キリストの子がジーザスでキリストもジーザスも両方神様なの。」とたくさんの事を教えてくれた。
しかし、それよりも私が一番驚いた事は、私と同じ年くらいの子が、神様や世界について真剣に議論していることだった。さっきまで、キャッチボールをしていた男の子達が、まるで別人のように様々な意見を交している。そして、さっきまでケンカをしているように議論していたのに、今はもう一緒に肩を組んでジャレあっている。私には、それがとても不思議に思えた。
日本人だと、「議論しましょう」と言っても、誰からも意見が出ず、リーダーが右往左往している所だが、この場では、いかに自分の意見を他の人に分かってもらえるか、そして議論に参加している全ての人が自分の意見を持っているんだと思った。よく考えれば当り前のことなのだが、何事も控え目がいいとされる日本の考え方とはやっぱり違い、生き残っていくためには自分の考えを多くの人に示していかなければならないんだなぁと思った。私はどちらかというと、そういうのは苦手な方だが、その技術はどうしても必要になってくることだし、これから身につけていかなければならないことだと思った。
バイブルスタディーが終わり、いよいよ、フードバンクのボランティア(生活困窮者の為の食料配布)。車から食料を運びだし、机の上に並べ、私とマーリンは、裏にある巨大な冷凍庫からソーセージやパンなどを小分けにして、ジップロックに積めた。カチカチの食料をマーリンと一緒に、ここぞとばかりに叩き割り、久しぶりに同年代の子と大笑いしながら、たわいもない会話を楽しんだ。
12時半に袋積めの作業が終わり、皆と昼食を取り、少し休んでまた作業を開始した。その間も、サンドラが私に片言の日本語で話しかけて来て、ノッポさんとゴンタの「でっきるっかな、でっきるっかな、わくわくわく」を歌ったり、セーラームーンの歌を歌ってくれた。ペルーで流行っているらしい。おもしろい。彼女は、英語の他にスペイン語やポルトガル語など五ヵ国語が話せるらしい。そして、父親は、日本の茨城に15年住んでいるのだと言っていた。今回、その父親が休暇で遊びに来ていて少し話したが、本当に日本人のように日本語を話し、小学5年生の子供にも英語と日本語、両方で話しかけていた。世の中には本当に面白い家庭があるものだ。そして、何故、私は日本語しか話せないんだろうと思った。まぁ、考えてもしょうがないことだけど、サンドラが本当にうらやましい。
2時半くらいからスタートして、番号順に食料を供給して行き、その時、祈って欲しい人には私達が祈るというものだった。私は祈れないので、マーリンが指示する人数分の食料を運ぶ仕事が与えられた。山のようにあったダンボール箱がみるみるうちになくなり、配給を待っていた多くの人達もあっという間にいなくなってしまった。
その後、マーリンやソフィア、サンドラと休憩し、ノッポさんやゴンタのホームページを見ていると、ちょうど美智子さんが迎えに来てくれて、インターネットでナコスのホームペーを見せると、サンドラも日本語を習いたいということだった。さすがサンドラ。サンドラが長屋に入れば簡単に連絡が取れる。是非そうしてもらいたいものだ。最後まで片付けを手伝えなかったのが少し残念だが、みんなにお礼とお別れを言い、ナコスに向かった。
今回、このボランティアをして思ったことは、こんなに豊かそうなハワイにも、ホームレスや食べ物を買うお金がない人がこんなにもたくさんいるんだなぁということだった。そして、そのほとんどの人が、ハワイアンの人達か、日系の人達だった。これも興味深いことだと思う。日本にもホームレスとか生活に困っている人はたくさんいると思うけれど、日本で暮らしていたら、このような人がいることさえ忘れてしまう。そして接する機会もほとんどないし、このような人達はとても暗くて、淀んだ雰囲気の人ばかりだと思っていた。しかし、今回実際に、自分が接して感じたことは、この人達はとても明るく、大切な家族に囲まれて、本当に幸せそうだったということだ。日本には、お金持ちはたくさんいる。しかし、お金があってもこんなに素敵な笑顔をできる人はいるだろうか。そう考えてみると、何が幸せか分からないと思った。本当にこのボランティアをしてよかったと思う。
そして、もう一つ。このコネクションで働いている同世代の子達についてだ。ここで働いている子達は、みんな髪の色、目の色、背の高さなど、外見は様々だけど、普段、おしゃべりしていることや、やってることは、私達と何ら変わりのないことだ。しかし、いざ、キリストについて議論し始めたり、貧しい人達に真剣に祈り始めると、私とは絶対違うし、私には絶対できない表情だと思った。世界中からこのハワイの地に集まって、ボランティアをしながら生活する。本当に素晴しいことだと思う。そして、真剣に取り組めるものがあって、本当にうらやましいと思う。だからといって、私は私だし、競っているわけではないけれど、何故か負けたという気分になった。
私も、もっと世界中に行って、いろんな物を見たり、いろんな事を感じなければならないと思った。お母さんに言わせれば、「何故、それをあなたがやらなければならないの?」といった所だろう。でも、日本にいたら絶対に分からないこともあると思うし、世界に出てみて、改めて日本の良い面、悪い面が見えてくることもあると思う。そのためには、親をどう説得するか。やはり女の子一人でどこかに行くという訳にはいかないから、これはやっぱり同じ考えを持った人と結婚して、その人と行くしかない。そうすれば、親も安心するし、同じ考えを持った人がそばにいることで、感じる物、考える事も二倍になるに違いない。やはり、ジョイスとチャドは理想だなと思った。
紗希さんの感性はたいしたものだと思いました。部分を感得して本質を射る。普段の生活が、しっかりしていないとこうはいかない。しかし、「見ること」は、なかなか難しい。「木を見て、森を見ず」という言葉があたっているかどうかわからないが、こんなことに用心していきたい。
今回プランの狙いは、あんな見知らぬグループの中に入って、自分を表現する。見知らぬグループの中で居場所を見つけ、楽しむでした。見事でした!
その他、今回の出来事については、いろいろ話しました。社会システムの違いということにも注意していってください。紗希さんの文章、聞き違い、見間違いなど修正せずにそのまま残しておきます。
26日目(9月24日金曜日)
今日は一日中ショッピング。お母さんには、家で着るワンピース、そして、お父さんには、アロハ、と思ったけれど、このアロハが意外と高かったので、お父さんには、コナコーヒーで我慢してもらうことになった。お姉ちゃんには、化粧品、まーちゃん(お姉ちゃんのだんなさん)には、Tシャツ、と考えていたが、健太(お姉ちゃんの子供)の物をバカみたいにたくさん買ってしまったので、もし空港、またはコンドミニアム近くで何かあれば、まーちゃんにも買おうということになった。後は、学校とバイト先で配るお土産を、ダイエーで買い、仲のよい友達のをコンドミニアムの前の露店で買えば終わりだ。お土産の考えって、アメリカにもあるんだろうか。日本人は義理でも買わなければならないから、本当に面倒くさい。
少なくとも義理買いはないと思います。でも、この日本の習慣、なかなか便利な場合もある。
27日目(9月25日土曜日)
今日は10時からナコスに来て、ジャーナルを書いてから、トニーさんと話した。日本からのお土産を渡すと、とても喜んでくれて、一つずつ手に取って見てくれた。
そして、まず、私のセルフポートレイトを読み、それから、トニーさんの「山」を聞いた。これは何回も聞いているので、私まで「全ての物が平らなフロリダで生まれました。」を覚えてしまった。それから、一時間近くおしゃべりをした。フロリダの話も一杯してくれて、トニーさんは、やっぱり故郷を愛しているのだと思った。他にも、ハワイ島で軍のキャンプをした時の話とか、ボクシングが好きだということを教えてくれた。トニーさんは、フィリピン出身のマニーパッキャオというボクサーが一番好きで、「彼はチャンピオンなのに、いつも笑顔で、人にもとても親切だから好き。」と言っていた。トニーさんらしい。そして、1時前にトニーさんが帰り、私も両替をするために、一旦、コンドミニアムに帰った。
それから、また夕方に戻って来て、修三さんと色々話した。まだまだ、これから考えることはたくさんありそうだ。帰るまでに頭の整理をしなければ。そして、気の緩んでしまったセルフポートレイトの練習も。そういえば、修三さんと話している間、隣の部屋で美智子さんがバイオリンのレッスンをしていた。弾いていたのは、「冬のソナタ」のメロディーだった。とてもきれいな音色だった。
28日目(9月26日日曜日)
またまた今日もトニーさんが来る日。そして、またまたセルフポートレイトの発表をした。昨日より、うまくできたと思う。そして何と言っても、最後まで紙を見ずに、口をつくように言えたのがうれしい。(途中考える所もあったけど)
今日の語り口は、今までとまったく異なっていました。「そら見た! 撃ちのめした! 紗希さんを、なめたらいかんぜよ!」と思った? 日本人の英語にまったく慣れていないトニーが、ただ、心地よく、淡々と聞いていました。昨日は、彼特有のぎょろ目をむいて、「今、何言ったの?」といった顔を何度もしていた。昨夜、かなり読み込んだんでしょうね!
今日は、トニーさんがローティーの地図を持って来てくれていて、それを見ながら一緒に話した。アメリカについての話をたくさんした。南北戦争の話とか、その時の奴隷の話とか、歴史が嫌いな私にとっては、初めて聞く話が多かった。トニーさんは、本当に何と言っていいのか分からないけど、大家族の長男らしく、律儀というか、どこか日本男児的な雰囲気が漂っていて、本当におもしろかった。そして、ビラボンのTシャツを着ていたことも見逃してはならない。トニーさんにお別れを言い、トニーさんは帰って行った。
その後で、修三さんと、「見る」「感じる」についての話をした。これは、コネクションに行った時の私のジャーナルの感想だが、「見る」について、一部を見て、全てを見た気になるのはとても怖いことだし、一部が間違っていることもあるに違いない。「見る」は簡単なことのようで、とても奥が深いなぁと思った。もう少し「見る」について考えなければならないと思う。
それから、私がこのコネクションでボランティアをしている子達に負けた気分になった、と書いたが、これはその子達に負けたのではなく、そのアメリカの形態、システムに負けたのだという話になった。別に、私がその子達より本質的に優れているとか、劣っているとか、勝っているとか、負けているとかはない。ただ、その子達には、そういう機会が与えられているだけで、そのシステムが、日本にはないから負けた気になっただけなんだと思った。これまた、とても奥が深いと思った。
それから、ウィノナさんに、皆から預かったお土産を渡しに行った。ウィノナさん家は、ナコスから車ですぐの所にあり、着くと、Tシャツ、短パン姿のウィノナさんが出迎えてくれた。そして、ウィノナさんのひ孫も出迎えてくれて、ウィノナさんは、まだまだ若いおばあちゃんだった。ウィノナさんに明日、日本に帰ることを告げて、私達はナコスに向かった。
帰る途中で、健康食品のお店にも寄った。ここには様々な物を売っていて、私と美智子さんは昼ご飯のオーガニックパンを買った。修三さんは薬の味がするから嫌いらしい。確かに、食べてみると、薬っぽい味がした。しかし、マンゴスムージーの方は本当においしくて、買ってよかったと思った。ハワイでの最後のランチにマンゴースムージーがあってよかった。
それからジャーナルを書き、シェリルさんが働くニーマンマーカスへ幸代ちゃんのお土産を持って行った。やはり、シェリルさんは忙しそうで、さすが、ボスといった感じだった。その後、ウィノナさんがいつも行くらしい、「くに」という手芸屋さんに連れってってもらったが、残念ながらもう閉まっていた。その帰り、美智子さんが「前にナコスに来た先輩がハワイアンキルトのパターンを持ってるから、是非、教えてもらったら?それが広島ナコスの伝統になればいいわねぇ」とのことだった。私も、是非、習いたい。そうすれば、愛子ちゃん達にも会えるし、一石二鳥だ。そして、それが広島ナコスの伝統になればと思う。その後、ファブリックマートに行き、ダイエーで残りのお土産を買い、私の最終日が終わった。
この一ヵ月を振り返ってみると、いろんなことがあった。こんなにも素敵な出会い、こんなにも素敵な仲間に出会えるとは思っていなかったし、こんなにもたくさんのことを考えたのは今までなかったように思う。そんな機会を与えてくれた、修三さんと美智子さんに感謝したいし、ナコスの存在を教えてくれた鷹野先生、そして、私がこの研修に行くことを許してくれた両親にも感謝したい。
この一ヵ月間、本当に充実した毎日が送れたと思う。医療について、宗教について、将来について、そして、英語との付き合い方について、夜遅くまで皆と真剣に話し合ったこともあったし、ファミリーコンタクトでの素敵な出会いや、たくさんの思い出、また、アンドリューや、スコットさん、ウィンターが私達のために、いろんな所に連れってってくれたことも忘れてはならない。
また、ハワイに来て、自分と向き合い、自分についてこれだけ考えたことも、これからの人生において、とても役に立ってくると思うし、たくさんの人と出会い、決まった生き方なんてないんだと思ったことも、もし、これから挫折することがあっても、これが終わりではないと思える余裕が持ててくると思う。本当に中味の濃い一ヵ月だった。
"Having met many people and realizing there is not just one way to live, if I experience setbacks in the future, I think I will be able to breath easier knowing that this is not the end."
しかし、これをただの素敵な思い出や、ゴール地点にしてはいけないのだ。本番はまだまだこれから。これは修三さんがいつも言っていたことだ。「自分の生活にどう英語を取り込むか」そして、「英語とどう付き合っていくか」。最後の一週間、この「英語とどう付き合っていくか」について色々考えたけれど、やはり私は私のやり方でやっていくしかない。もちろん努力はするが、英語を話す時だけ、別人になることはできないし、日本語でできないことが、英語でできるわけないのだ。
しかし、そのスタイルを貫くためには、セルフポートレイト、ショートストーリーなど、これら 英語のコミュニケーションツールが本当に大切になってくると思う。これらを大切にしていかなければ、私をきちんと理解してもらえなくなるのだ。特に私は会話がでたらめだから、これらツールをきちんとしていなければ、誤解されることがあるかもしれない。しかし、これらのツールさえ、きちんとしていれば、本当の自分を分かってもらえるのだ。これは本当に日本に帰ってからも大切にしていこうと思った。自分の一生の財産だと思う。
そして、ここで出会った人との関係、友達などを通じて、自分の生活の中に、どう英語を取り込むかについて、考えていこうと思う。まずは、お世話になった人にメールを送り、愛子ちゃんや、幸代ちゃん、まどかちゃんとも、連絡を取り合って、これからのことについて色々考えていきたいと思う。これからが楽しみだ。
修三さん、美智子さん、一ヵ月もの長い間、本当にお世話になりました。そして、また日本に帰ってからも、お世話になると思います。これからもどうぞよろしくお願いします。ではでは、また広島に帰ったら、メールしますね。本当にありがとうございました☆☆☆
今夜は最後だからハワイ観光の定番、タンタラスの夜景にでも連れて行ってあげようと思っていました。しかし、紗希さんは、一見退屈な、ジャーナル書きを選びました。心を開いて、はじめて感知できる、もう一つのハワイ を楽しみたかったんですね! それにしても、昼は昼で、早く行かないと、「ハワイアンキルトの店閉まってしまう! シェリルさんに会えないかも知れない!」とやきもきし、 夜は夜で、「まだやってはる!まだや! お腹がすいてきたな!」と、邪魔をしないように、コンピューターに向かう紗希さんを何度も覗いていました。愛子さんが書いていましたが、今後は、「張り切りすぎないで、人生の長いスパンで考えて英語と付き合っていきたいと思う。」ということですね。
SakiMaruyama 0 Comments : 2004-09-26 at 11:17 PM
■2004/09/26 (日)
やはり昨日の疲れが取れないまま・・・
家にいても仕方がないので学校に行くが。。
昨日のまとめがはかどらず・・・
そこで最近息抜きにやっているゲーム「高校野球シュミレーション3」という
パソコンゲーム。少し前に買った雑誌にフリーソフトで付いていたもの。
フリーだといって侮ることはできない。確かにグラフィックはちゃちいが、
システムがなかなかできている。全国の高校も網羅し、SFC時代の「甲子園」
ははるかに超えたできあがり。こりゃあはまってますぜ!
弱いチームだけに監督である自分から成長することからスタート。
貧打と弱投のチームにため息が多い。「どこ投げてんねん!」
TatsuruArimura 0 Comments : 2004-09-26 at 8:46 PM
■2004/09/25 (土)
朝7時に起床し、8時半に先生宅を出発。本当にいろいろお世話になりました!
急がずあわてず、のんびりと帰って13時頃に三原に帰着。
6時間寝たものの、やはり疲れがたまっている。。学校に行ったが
やる気が起きずにボーっとする。たまにはいいか!
同行のみなさんお疲れ様でした!
TatsuruArimura 0 Comments : 2004-09-25 at 8:44 PM
やっぱり、台風が来てしまったため、一日早く帰ってきました。でも、とても楽しむことができました。沖縄に友達ができました。そして、いろいろな所に連れて行ってもらったり、魚と泳げる海を教えてもらったりしました。いい気分転換になりました。でも、今少し寂しいです。
MariMiyaguchi 0 Comments : 2004-09-25 at 1:24 PM
■2004/09/24 (金)
今日も先日お世話になった高知県伊野町へ訪問リハの見学に行くことに。
しかし今日は朝からdebleが1時間の遅刻!というか大寝坊!
朝5時にあわてて出発!高知まで4時間弱でいけるか!?
渋滞もなくスムーズに進み、8時45分に伊野町保健福祉センターに到着!
片道160キロなので意外と近いのだ!(三原~宝塚は250キロ)
事なきを得たdeble一行(3名)は今日も訪問先へSTと一緒におじゃまする。
午後からは、デイケアを見学。一緒に「おしゃべり会」なるものに
参加させていただく。
4時に終わり家路につこうとすると、
「どうせなら高知のおいしいものを食べてから帰りなさい!
遅くなるならウチで泊めてあげるから。」という先生の嬉しいお言葉が。
それに甘えさせてもらい、伊野の紙の博物館へ行ったり、
カツオのたたきを食べたり。とても洋風な先生の自宅で泊めさせていただき、
そこでも深夜まで訪問STのことについて語る。。爆睡だあ!
TatsuruArimura 0 Comments : 2004-09-24 at 8:42 PM
I made a new drawing.
Being busy is fulfilling, but I think it is also necessary for human beings to relax. I drew this picture while imagining my parents’ house in the country and thinking how nice it would be to sunbathe lying on tatami mats, a therapy which is the pride of Japan.
新たに描きました。忙しいことは充実していることだけど、人間ゴロゴロする日も必要だと思う! 日本の誇る癒し、畳の上で日向ぼっこしながら昼寝したいなぁ・・・ と、田舎の実家を思い浮かべながら描きました。
MidoriMiyawaki 0 Comments : 2004-09-24 at 8:06 PM