Because of my hard schedule, I have to refresh often. What is the best way to refresh? Yes, listening to music! I usually put all my favorite musics in iPodnano and listen it on the train.
I prefer to listen to the U.S. pop musics these days. JPops are not bad, but I think there are only a few good songs.
My favorite CD is "Timeless" by Sergio Mendes.
This CD is directed by Will.i.am in The Black Eyed Peas and Sergio Mendes. The rithm of samba makes me feel like I wanna dance. It even made me look for a latin dance class. (I’m gonna go to take the free lesson first.)
I think that the lyrics of songs are taking an important part of the song, so even when I’m listenning a French song or Spanish song, I’m trying to guess what they are saying.
Tomorrow, I’ll go to the voice training class. I haven’t decided to take the class constantly yet, but I’m very excited.
十四時間も停電なんて、もし東京で起きたら大惨事ですね。でもなんだかハワイらしいというか・・・。
六月までは、メイン州のブースベイという小さい港町にいました。コンピューターがあまり普及していなくてなんだかなかなかメールチェックもままならなくて、ちょっと大変でしたが大事な経験をたくさんさせてもらいました。
東京は、今日、急に気温が下がって、今年初めてコートをはおって出かけました。

ご無沙汰しています。先日ハワイで地震による停電があったと聞きました。日本の新聞に色々と報道されていましたが、地震の影響はありましたか?
六月末に帰国して、夏休み中に家族とも話し合って、結果、アメリカの大学に進学することになりました。今はTOEFL受験に向けての勉強と、残り三ヶ月で自由登校になってしまう高校の勉強に精を出しています。
私は五歳からクラシックバレエを習っている。途中で中学受験にむけて勉強するため、二年休んでいたが、またはじめたので、約十年ほど続けていることになる。始めた頃は、まさかこんなに続けられるなんて思っていなかったので、私自身も両親も驚いている。
バレエを始めたきっかけは、単純なことだった。私は良く覚えていないのだが、幼稚園で仲良くしていた女の子がバレエを習っていたので、「私もやりたい」と言ったらしい。これは推測だが、母は小さい頃バレエを少しやっていたのに、ピアノを優先させられてしまったので、娘にはやらせてみたかったのかもしれない。そういうわけで、私はバレエの教室に週一回行くことになった。しかしその教室のレッスン日は、その当時習っていた剣道の稽古日の次の日だったので、体力が持たず、すぐに別の友達がいる教室に移った。
その移ったバレエ教室は、もうすぐ発表会を控えていた。教室全体で「くるみ割り人形」の舞台をやることになっていて、私は一番年少の子供が踊る、「中国の踊り」を踊ることになった。そのほかに小作品を一つやることになっていて、私は「人形の踊り」をやることになった。
練習のことはあまり覚えていないのだが、とにかく楽しくて、頑張って覚えようとしていた記憶はある。母はレッスンに毎回ついてきてくれていたのだが、「珠美は覚えがよかったから、先生が『珠美ちゃんのほうばっかりみて踊っちゃいけません!』ってよく注意してたのよ。」と時々自慢げに語っている。二つの踊りはいまだに全部覚えているので、よほどしっかり覚えたのだろう。
発表会当日のことも、正直あまり覚えていない。ただ、その発表会では親が子供に舞台化粧をすることになっていたのだが、母は私にものすごく中国っぽい化粧をしてしまい、人形の踊りの衣装とすこしちぐはぐしていたことは覚えている。最初の発表会は、転ぶこともなく、度忘れすることもなく、平和に終わった。
二年後にまた発表会があって、「白鳥の湖」の第一幕をやることになった。白鳥がたくさん出てくるシーンで、私はそのうちの一羽だった。先生が「珠美ちゃんは白鳥さんなのよ。」とおっしゃった時、私は母に小さな声で、「くちばしもつけるの?」と聞いてみた。どうかんがえても白鳥には見えないよ、と思ったからだ。母はものすごく面白かったらしく、今でも大笑いしながらその話をしてくる。その発表会のことは本当にほとんど覚えていなくて、ただ平和だったことしか分からない。
二回目の発表会が終わった頃、ついにバレエをやっている中で一番嬉しいことが起こった。トウシューズをはく許可が下りたことだった。今までは布製の柔らかいバレエシューズで踊っていたのだが、足が強くなってくると、つま先で立てるように硬くしてあるトウシューズを履いてもいいことになるのだ。ピンクのサテンのトウシューズが自分の手に渡った時の嬉しさはいまだに覚えている。その時の写真が残っているのだが、うれしくてニヤニヤしている。段々うまくなるにつれてトウシューズに泣かされる時代が将来やってくるのだが、このときはとにかく嬉しくて、もっと練習を頑張ろうと思った。
三回目の発表会は、「白鳥の湖」第二幕で、各国の使者が踊る場面をやることになった。私はスペインの踊りをやった。初めてトウシューズで出た舞台だったので、白鳥の湖の時よりもだいぶ大人っぽい感じに仕上がった。この時にやった小品集では、「美女と野獣」の「セレナーデ」にあわせて踊ったのだが、しっとりとした踊りになって、大満足だった。
この後中学受験のため塾に行き始めたのだが、日にちが合わなくなってしまったので、教室を変えることになった。新しい教室は今までの教室とちがって、プロを目指すレベルの子供たちが中心だった。ついていくのが大変だったが、周りの上手な子に刺激を受けてながらレッスンを受けた。発表会に一回でたのだが、練習がとても大変だったこともあり、日にちも合わず、しばらくバレエをお休みすることになった。この時は「もう二度とバレエを習えないかもしれない。」と思ってすごく泣いたことを覚えている。
中学受験も無事終わり、学校に慣れてきた頃、そろそろバレエを再開してみようということになった。幸い家からとても近い所に、能力的にもあった教室が見つかったので、そこに通って今に至る。先生の教え方が私にぴったりで、筋肉の使い方や意識の仕方をたくさん教わった。小学生時代よりも随分うまくなって、体も柔らかくなった。ただ残念なことに私は股関節が柔らかくなく、基本のポジションがなかなか上手にできない。その頃はまだ体も細い方ではなく、「バレエに向いていないのかもしれないなあ。」と悩んだ。そんな中、先生に「パ・ド・トロワをやってみたらいいと思うんだけど、今度の発表会で挑戦してみない?」といわれた。パ・ド・トロワとは、男性一人、女性二人で踊る作品で、今までやってきたものと違い、「アダジオ・男性ソロ・女性ソロ・コーダ」に分かれている。今回は初めてだったので男性ソロ、女性ソロは省いたのだが、男性が女性を持ち上げる「リフト」もあって、難しい踊りだった。私はチャレンジすることに決め、男性の先生ともう一人の女性とレッスンを始めた。しかし思った以上に大変なものだった。リフトは一回しかないものの、体の重心を上に持たないと、落っこちてしまう。アラベスクで立つ時もつかまっているとはいえ腹筋を抜いたとたんにつんのめる。筋力がなかった私にはとてもきつかった。しかしその練習の中で、体の使い方が段々分かっていって、発表会を越えた後は以前よりもステップアップしたように思う。
今年の三月六日に発表会があった。今回はさらにステップアップして、「パ・ド・ドゥ」を踊った。パ・ド・ドゥとは、男性一人、女性一人で踊る踊りで、しかも今回はソロのバリエーションも踊ることになった。踊りの名前は「ペザントパ・ド・ドゥ」というもので、「ジゼル」の第一幕からとった踊りである。主人公ジゼルが住んでいた村のカップルで、ジゼルと恋人アルブレヒトの次に踊りがうまい(注目されている)という設定なので、名前がない。他のパ・ド・ドゥをやる友達は「海賊にさらわれた姫のメドゥーラ」とか、「くるみ割り人形のお菓子の国の女王で、金平糖の妖精」とか、ポジションがあったので、ちょっと変な気分だったが、衣装も踊りもかわいらしかったので気に入っている。
今回の練習は今までになく激しいものだった。リフトが難しい上に、笑顔を保つこと、足をきれいに高く上げること、体力保持など、壁がたくさんあったので、その分頑張って練習しなければならなかった。特に私が苦手だったのは回転で、なぜか回っている途中に傾いて倒れてしまうことが多かった。先生には「疲れてくると腹筋が抜けてくる」という弱点を指摘されたので、そこは頑張って直すようにした。発表会直前にはだいぶ上手になってきて、「これなら大丈夫かも・・・」と思えるようになったが、回転は発表会前日まで上手にできず、当日の練習でようやく要領がつかめた。
もう一つ頭の痛かった問題が、トウシューズのことだった。今回の発表会の練習から、急に爪が割れるようになって、どうしたら痛みを抑えられるか、テーピングの方法など、かなり悩んだ。結局爪の痛みはあまりよくならず、本番に臨むことになってしまった。プロのダンサーでも、トウシューズのことは大きな悩みだそうだ。私は特に、O脚の傾向が足首に強く、外反母趾だったので、親指に負担がかかり、爪がどんどん割れて大変だった。
本番当日、前日に回転が上手にできなかったため、練習中は本番できるかどうか不安でたまらなかった。舞台裏でずっと練習していて、ついに本番がやってきた。
舞台に出ると、今までの感情が全部どこかにいってしまった。「ぜひ、私の練習の成果を見てください!」という気分になった。回転も、リフトも、大成功だった。つま先の痛みは全く感じなかった。ソロの部分は、笑顔を崩すことなく、自分のイメージ通りに踊れた。今までで一番上手に踊ることができた。発表会は大成功だった。
私は今年の八月から留学してしまうため、バレエは大学受験が終わるまでお休みすることになると思う。バレエは大好きなのでとても残念だが、ストレッチなど欠かさず、なるべく能力を落とさないようにしようと思っている。次の発表会は「ジゼル」の役か、金平糖の精をやってみたい。
疲れた時や、天気が悪い時、遊びたい時は「バレエ休んじゃいたいな」と思ってしまう。でもそこで頑張って行くと、終わったあとの爽快感が待っている。発表会へ向けての練習がきつくても、大成功だったら素晴らしい満足感が待っている。私はそれが欲しくて、バレエを続けているのだと思う。精神的な面でも、肉体的な面でも、バレエは、ダンスは美しい。私はその美しさを求めて、これからもバレエを続けていきたい。
みなさん、ダンスをしませんか。
Thank you for your reply the other day. For New Years, I wore a kimono and took a picture, please be sure to look at it. This is my first time to attach a file to an email, so I’m sorry if the file was too large and didn’t go through.
Tokyo is facing the peak of the cold weather so it is gradually becoming more and more severe. Early in the morning is especially cold, and I want to return to Hawaii. I heard that Hawaii doesn’t get very cold so, next time for sure, I want to visit Hawaii in the winter.
By the way, from January 30 - February 3, my family will be going on a trip to Hong Kong. (Unfortunately, my father will stay home…) Last year around this time we went to Beijing, but it was terribly cold, so next time I want to relax someplace warm.
I had the opportunity to see the Nagaya. I was surprised at how much it had changed. Somebody wrote about Cindy’s house, and it brought back a lot of memories. Next time, I am thinking about writing a short story about ballet.
Take care.
Tamami Akagi
先日は返信ありがとうございました。お正月に着物を着て写真を撮ったので、是非、見てください。初めて写真を添付させて送るので、もしファイルが重かったり、何かうまくいかなかったらごめんなさい。
東京は寒さがピークに向かってどんどん厳しくなっています。朝早くは特に寒くて、ハワイに戻りたくなります。ハワイはやっぱりあまり寒くないとお聞きしましたが、ぜひ今度は冬のハワイも訪れてみたいと思っています。ところで、一月三十日から二月三日まで、家族で香港に旅行に行きます。(父は残念ながらお留守番です・・・。)昨年は同じ時期に北京に行ったのですが、とっても寒くて大変だったので、今回はあったかいところでのんびりしたいと思っています。
長屋拝見させていただきました。随分新しくなっててびっくりしました。どなたかシンディさんのお家のことを書いていらっしゃって、とても懐かしくなりました。今度バレエのことについて小話を書こうと思っています。お体にお気をつけ下さい。
It was the last Sunday of the Workshop, after I finished my violin performance at the concert, I talked with all the people in front of the main hall while picking at candy. I was successful at joining in on the conversation but I got a little tired, so I separated myself from the group conversation and, while nibbling at the candy (I think it was called “monkey tails”), I started up an easy conversation with a man of about 30. (I asked him his name but, unfortunately, it has slipped my mind. I think he was from Florida.) While I was talking to him, he asked me these kinds of things.
“Has God entered your heart?”
When I didn’t understand his meaning for a moment and was at a loss, he continued.
“I have a female friend who is a devout Christian. I asked this friend, ‘Has your heart been visited by God?’ When I did that, my friend said, ‘No.’ When I asked her why, she replied, ‘Because I am a Catholic.’ I guess it’s not the case that God will visit you just because you are a Christian. That is the only difficult thing about believing in Christianity.
“Don’t worry about it. It’s a difficult question,” he said laughing.
I am attending a mission school. It is a Protestant school and there are services every morning and, once a week, they have a Bible study. My family is not Christian so, when I first came in contact with the various Christian activities, I felt ill at ease at first. In the first place, to me, I had no concept of the existance of God or that Jesus is holy and absolute, so I instinctively rebelled at the contents of the Bible. Even at first, I could accept Christianity as one set of beliefs but I felt that, even so, it was a different world from mine. That question came at me while I was still feeling this way.
My initial way of thinking was still too childish, so I couldn’t even imagine the feeling of God visiting one’s heart. I just thought, simply, that God visiting one’s heart was another way of saying that a person believes in Christianity.
I also had other opportunities to be touched by Christianity in addition to this event. The first one was saying grace before a meal. In Japan we say,“itadakimasu.” I think it’s okay to say this to God, so I had no objections to that.
The way to pray is a little different depending on the household and, at Julie’s house, it was a kind of charming prayer where everyone held hands and sang. Also, during my first week, I went to a kindergarten connected with the University of Hawaii. The state of affairs here was completely different from Christian kindergarten in Japan. In Japan, I somehow feel oppressed, but in Hawaii I feel like everyone wants to enjoy trying to understand Christianity.
I felt yet another difference between Japan and Hawaii at a Bible study two weeks later. When the leader asked a question about the Bible, the students (in other words, all of us) raised their hands. If they answered correctly, they received money! This would never happen in Japan. The union of a religion with a holy image and money, which is not nearly so, was strange to me. However, I didn’t feel that the goal was the money at all and I think this was the best way to get the young people to adopt the Christian beliefs and get to know them better, so I don’t think it is bad at all. Anyway, the things related to Christianity were particularly fresh experiences for me.
I am not a Christian, but I can’t help but wonder how these beliefs have attracted people for over 2,000 years. Now, my way of thinking is still immature and I still can’t understand this except at a superficial level, but if someday I can really come to understand the Bible, one phrase at a time, I can probably get a lot closer to Christianity and will also grow as a person.
キリスト教の思想を理解する
研修、最後の日曜日、演奏会でのバイオリン演奏を終えた後、皆とホールの前に集まってお菓子をつまみながらおしゃべりをした。話の輪の中に入ることには成功したのだが、少し疲れたので、皆の輪から離れて、お菓子(さるのしっぽ、というらしい)をかじりながら、三十歳くらいの男性とのんびり話をすることにした。(名前を聞いたのだが、残念ながら忘れてしまった。フロリダ州出身らしい)すると彼がこんなことを私に聞いてきた。
「君は神様が心にいらっしゃったことがある?」
一瞬、意味がわからずとまどっていると、更に続いて話しはじめた。
「僕の友達に、熱心なキリスト教徒の女性がいる。その友達に、『君の心に神様が訪れたことがある?』って聞いたんだ。そうしたら彼女は、『No.』って言った。どうしてなのか聞くと、『私はカト
リック教徒だから』と答えたんだ。キリスト教徒だからといって、神様が心に訪れるというわけではないんだね。キリスト教を信じるってことはそれだけ難しいことなんだよ。」
「気にしなくていいよ、難しい質問だったね」と彼は笑った。
私はミッション系の学校に通っている。プロテスタント系で、毎朝礼拝があり、週一回、聖書の授業がある。家はキリスト教ではないので、初めて触れるキリスト教の色々な行事に最初はなんとなく反感を感じていた。そもそも私には、「神様は存在する、イエス様は神聖で絶対である」という概念自体がなかったので、聖書の内容に対してつい反抗的になってしまうのだ。最近はキリスト教を「一つの思想」として認めることができていたが、それでもやはり自分とは別世界のように感じているところがあった。そこに来たこの質問。
私はそもそもの考え方がまだ子供すぎるので、神様が心に訪れる、訪ねてくる、という感覚自体が想像もつかなかった。ただ単純に、神様が心に訪ねて来るということが、つまりキリスト教を本当に信じるということなのかなと思った。
この出来事以外にも、ハワイではキリスト教に触れる機会がたくさんあった。まずは食事の前にするお祈り。日本では「いただきます」というが、それを神様に対して言っていると思えばいいのであまり抵抗はなかった。
お祈りの仕方は家によって少しずつ違っていて、ジュリーさんの家では家族みんなで手をつないで歌をうたう、というかわいらしいお祈り(?)だった。それから最後の週にハワイ大学付属幼稚園に行った。ここの様子は日本のキリスト教の幼稚園とは全然違っていた。日本では、なんとなく押し付けがましい感じを受けるのだが、ハワイではキリスト教をみんなで楽しく理解しようとしているように思えたのだ。
日本との違いをさらに感じたのは、それから二日後のバイブルスタディーの日だった。先生が聖書に関する質問をすると、生徒(つまり私達)が手を挙げる。もし正解だったら、なんとお金がもらえるのだ。日本だったら絶対ありえない。神聖なイメージの宗教と、少なくともそうではないお金の結びつきが、私にとっては不思議だった。でもお金目当て、という感じは全然しなかったし、若い人たちにキリスト教の思想を受け継いでもらうには、キリスト教に親しんでもらうのが一番だと思うので、この方法は決して悪くないと思う。とにかく、特にキリスト教に関しては、何もかもが新鮮な体験だった。
私はキリスト教徒ではないが、どうしてこの思想が2000年以上も人々をひきつけているのか、とても気になる。今はまだ考え方が幼すぎて、表面的にしか理解できていないのだろうが、いつか聖書の一節一節を本当に理解できることができるようになれば、私は大きくキリスト教に歩み寄ることができ、また成長できるようになるのだろう。
先日、ハイディと一緒にアラモアナショッピングセンターに買い物に行った。私は香水(オードトワレ)で一つどうしても買いたいものがあったので、セフォーラという名前の化粧品店に行き、その香水を買い物かごにいれた後、色々店内を見て回っていた。
しばらく一人で回り、そのあとハイディの所へいくと、何やら小さい瓶を持っていた。何かときくと、無料でもらえるサンプルだそうである。「あなたももらってきなさい」と薦められたので、どういうふうにいえばいいか聞くと、「Do you have any free sample?」という、と教えてくれた。
だが店員さんに聞くと、小さいボトルではなく、いわゆる「テスター」を持って来た。そのあとハイディが「それではなくて、私が持っているようなフリーのサンプルがほしい」といったので、結局、店員さんは五個ほどサンプルをもってきてくれた。もしかしたら文法や言い方が間違っていたのかもしれない。
同じ日の午前中、ハイディが髪の毛を染めにいっている間、私は一人でカハラモールをぶらぶらしていた。お腹がすいたのでアイスクリームを買ったとき、まちがっていないはずなのに、英語がなかなか伝わらなくてすこし困った。また、こちらから伝えるのが難しい上に、相手の言葉も早口でとてもわかりずらい。きっと普段人々が使っている言葉と、店員さんが使っている言葉は少し違うのだろう。
ホームレスの人々に食料を配給するボランティア。
このホームレスの人々は、日本のホームレスと少しちがう。まず、日本のホームレスは無職の場合が多いが、こちらは職業についている人もいる。ただし、給料がとてもやすくて、援助を受けないと暮らして行けない人である。
食料は段ボールに入ってわたされる。内容は、スパゲッティ、シリアル、たくさんの缶詰(トマトソース、スープなど)、アーモンド、サラダドレッシング、お菓子(クッキー、ポテトチップス、グミなど)、ピーナッツバター、冷凍食品などだ。これらはトラックに積んで運ばれてくる。そのほかにもケーキが配られていた。
これらの食品で私が気になったのは鮮度だが、缶詰も比較的新しいように見えたし、グミキャンディーも暑さでくっついている、なんてこともなかった。シリアルの箱が壊れていたり、アーモンドの袋が破れている、ということはあったが、冷凍食品はまだ冷たいままだったし、どうやら全部安全なものだったようだ。
これらを段ボール箱に全部いれると、かなりの重さになり、まさに山盛りという感じだ。私はこれをみて、もしこれを一週間ですべて食べてしまうなら、かなり量が多いと思った。
確かに、ホームレスの人々を見渡すと、ガリガリにやせている人は見当たらず、大体の人がどちらかというと太っていた。皆体は清潔に保っているように見えたし、もしかしたら食料が援助なしでは少し足りないだけで、そのほかはあまり普通の人とかわらないのかもしれない。
私は段ボールに食べ物を入れていくのを手伝った。はじめはどの袋にいくつずついれるのか分からなくて戸惑っていたが、しばらくみていると、かなりアバウトなようだった。サラダドレッシングは一つかみずつ投げ入れていたし、お菓子もかなり箱によって種類が違っていただろうと思う。一応「3個~4個」など言われたが、私も最後には、見当をつけて投げ入れる、というのを繰り返していた。
こう書くと楽そうに感じるが、部屋の中は配る食べ物が山のように積まれていて、それがほとんどなくなるくらい作業を続けるのだ。二時間も続けるともうくたくたになってしまった。でも、ホームレスの人々には食べ物がちゃんと行き渡っていたので、やってよかったな、と思った。
Everyone, including myself, recognizes that I am an animal-lover. I especially love cats and there are two in my house. Because I haven’t experienced a life without cats since I was going to kindergarten, if I go on a trip and don’t have contact with animals at all I suffer withdrawal symptoms like becoming irritable.
At my elementary school, we broke up into groups of five and shared the responsibilities for doing various jobs but, from the time we were third-graders through fourth grade, we were in charge of the animals the whole time. We took care of things like hamsters, goldfish, and turtles; anyhow, we took care of many different things. (Incidentally, the people responsible for the animals were myself and my two brothers and our two friends. It seems that my brothers and I, all three of us, were animal-lovers.) We were particularly fond of the three loaches that all of the members of the animal group went to catch in a nearby stream, and we went so far as to spend most of our prescious vacations changing water and doing things like that. During that time, the animal group published a newspaper printed on B-4 paper, and the main characters were the loaches. It ended up that, during summer vacation when we were looking after them at my house, they got out of the aquarium and dried up and died.
Around that time, a small animal craze sprang up in Japan, and a hamster came to our school, too. Having to raise a mammal for the first time, we were quite bewildered and had to look up things like what these furball-like animals like to eat and the tricks to raising them. There were times like when, thinking I would ask a veterinarian about them, I went carrying the hamster’s big cage, but before I got there the sun went down so I returned home; but, anyway, we did research the subject. As a result, we acquired a fair amount of knowledge such as the fact that hamsters are nocternal so you shouldn’t touch them much during the day and that they will be happy if you give them sunflower seeds in addition to their regular food; and so, becoming a little more comfortable, we took care of them. However, one morning, when I looked at the hamster cage, there was nothing in it. In a panic, I looked everywhere but could find no trace of it. It turned out that he had fallen into the toilet and died. The reason was probably that the door to the cage was left open and he was thirsty and, when he tried to drink the water, he fell in. Crying our hearts out, we all burried him.
I believe that, as a result of these experiences, I was taught many things such as the joy in the life of living things and how prescious it is, the sadness when that life ends, and the transience of life and also its worth. Recently, I was told, "When you hold animals, your expression becomes gentle." I don’t know this for myself, but it may be that it is because I am receiving energy from them. I think that, after all, life is wonderous. I think it would be good if I can go on feeling something special from them.
Animal-lover 07/23/2003
生き物係
私は自他ともに認める大の動物好きだ。特に猫が好きで、家には二匹の猫がいる。幼稚園に通っている頃から猫のいない生活を経験したことが無いので、一週間くらい旅行に行く時に、全然、動物にさわれないと、いらいらするなどの「禁断症状」がでてくるぐらいだ。
私の小学校では、五人ずつ班を作り、いろいろな仕事を分担するのだが、三年生から四年生にかけて、ずーっと生き物係で、ハムスターや金魚、亀など、とにかくいろいろなものを世話した。(ちなみに生き物係のメンバーは私達兄弟三人と友達二人。どうやら兄弟そろって動物好きだったようだ。)特にかわいがっていたのは、生き物係全員で近くの川へとりにいったどじょう三匹で、貴重な休み時間をかなり裂いてまで水替えなどをした。そのころ生き物係はB4の紙に書いて印刷した新聞を発行していたのだが、主なキャラクターはこのどじょう達だった。彼等は結局夏休みにわが家に引き取っていた際に水槽の外に出てしまって、乾いて死んでしまった。
そのころ世間では小動物ブームが沸き起こっていて、学校にもハムスターがやってきた。初めて哺乳類を飼うことになった私たちは、かなり戸惑って、この毛玉のような動物が何を食べるのが好きか、飼う時のコツなどを図書館で本をつかって調べに調べた。獣医さんに聞いて見ようとして、ハムスターの大きなケージを運んでいったが、つく前に日が暮れてしまったので引き返した、なんてこともあったが、とにかく熱心にしらべた。その結果、ハムスターが夜行性で、昼間はあまり触りすぎてはいけないということや、食べ物はハムスターフードのほかにひまわりの種をあげると喜ぶこと
などかなりの知識を得ることができたので、少し安心しながら世話をしていた。だがある朝ハムスターのケージをみるとそこには何もいない。慌ててそこらじゅうを探し回ったが、かげもかたちも見当たらない。結局、彼はトイレのなかに落ちて死んでいた。なぜかケージの戸が開いてしまい、喉が乾いていたのだろうか、水を飲もうとして落ちてしまったのだろう。みんなで大泣きしながら埋めてあげた。
私はこの生き物係の経験で、生き物の世話の楽しさや大切さ、それと死んだときの悲しさ、命のはかなさ、そして尊さなど、多くのことを学ばせてもらったと思う。最近、「動物を抱いている時、表情が優しくなる」と言われた。自分では判らないが、きっと彼等から何かエネルギーをもらっているからであろう。やっぱり命ってすごい、と思う。これからも彼等からなにかを感じていけるようになれたらいいと思う。
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